片腕たいへん記

 タイトルをつけてから、そう言えば「片腕繁盛期」なんてのもあったな、と思い出した。いや、あれは「細腕繁盛記」であったか。

 なんだかんだでこの我がサイトは「今月の一本」以外は一年近くも更新していない。

 理由は2つある。

 

 一つ目は昨年の春から仕事で「学年主任」なるものになってしまったこと。それでなくても忙しい職場なのに、更にこれで忙しさは1.2倍となり(当社比)、もうほとんど自分のプライベートな自由時間というものがなくなってしまったのである。

 

 二つ目は昨年の夏に右肩を手術したこと。

 肩を痛めたことはずっと以前に書いた。実は肩の腱板が断裂してしまっていたのである。そしてそれは自然治癒しない。

 その後ずっと、リハビリでの改善を試みていたのだが、痛みはいつまで経っても無くならなかった。そこで医師がやっと手術の判断をしてくれたのである。

 手術方法は、肩の骨にアンカーを打ち込み、そこに切れてしまった腱板を引っ張ってきて糸で縫いつけるというもの。最近はそれを肩に穴を空けてファイバー・スコープでやるのだという。

 手術前にインターネットで色々な人の肩腱板手術後の「闘病記」を読んだ。どの人も一様に術後が相当に痛いらしいことを書いている。「股関節の手術の比じゃない」などとも書いてある。うーむ。しかも、ある程度痛みなしに自由に動かせるようになるまで半年以上かかるみたいである。中には一年以上経ってもまだ痛みがあるという人もいた。なんだか不安ではあるが、もう後戻りはできない。

 

 で、結論から言うと、それら闘病記に書かれていたことは事実であった。皆さんのおっしゃる通りでした。ハイ。

 とにかく、猛烈に痛い。例えて言うなら、肩にキリをぶっさして、それをぐりぐりと動かされているような痛みである。痛み止めもほとんど効かない。朝も昼も夜も痛い。24時間営業というヤツである。

 さらに痛みだけでなく、常に右手を一定の角度に固定していなければならないのもツラかった。

 なにしろ、腱板は糸で縫いつけてあるだけである。ある程度組織が安定して肩に癒着するまでは、ちょっと力が加わってしまうだけで切れてしまうのだ。もしそうなったら再手術である。とんでもない!

 日常生活のすべてを右手を固定したまま左手中心で送らなければならないのだ。

 

 右手は利き手なので、これが使えないのは相当にツライ。

 病院での食事の時には箸とスプーンがつくのだが、最初は頑張って左手で食べていた。「左手で食べられるようになってスキル・アップだ!」などと前向きな気持ちになって最初は頑張っていた。

 が、そのスキル・アップ・プランは食事のおかずに焼き魚が出た時点でもろくも挫折した(それにしても何で利き手が使えない患者に焼き魚なのだ?)。もちろん小骨もある。慣れない左手の箸で小骨をとって魚を食べるのは不可能なのだ。もちろんスプーンでも。

 結局、インド人になるしかなかった。手に勝る道具なし!

 食事はそれでもいいのだが、困ったのは仕事である。黒板にチョークで文字を書かねばならないのだ。これも左手で書くしかない。

 

 「左手でも書けるようになっちゃえばいいんだよ。」

 自分は右手でも左手でも自在に文字が書ける人に、生涯3人出逢っている。

 1人目が小学生の時。2人目が大学生の時。そして3人目が職場の先輩であったNさんである。

 現在はもうリタイアしたNさんは「左手でも書けるようになればいい」とさらっと言った後、カラカラと笑った。

 ちなみにNさんは絵も抜群に上手く、若い頃はタツノコ・プロでアルバイトをしたこともある本格派で、出版社から国語の問題集を依頼された時には、すべての挿絵やイラストも自分で描いたという達人クラスの人物なのである。

 そんな人物の真似など到底できないが、左手で書かねばならないのは事実である。

 何度か練習をした後、実際にどうにか読める程度の字は書けるようなったのだが、そこで発見があった。

 漢字が書けないのである。右手ではスラスラ書けていた漢字が、左手だと書けないのだ。漢字って、脳だけではなく筋肉が覚えているから書けるのだね。肉体も記憶する。これは新発見であった。

 右手の固定が取れた後も、痛みは続いたため、パソコンで文字を打つのも難儀だった。なにしろ、キーボードに向かうと右手の重みが肩にかかるため、それだけで痛くてたまらないのだ。そんな不便極まりない日々をずっと送っていたのである。

 

 さて、これを書いている現在は、手術からちょうど5ヶ月である。

 どうにか痛みも軽減してきて、こうしてキーボードも以前と同じように打つことができるようになった。ほっ。

 依然としてまだ痛みはあるし、可動域も左手よりは狭くて色々と不自由ではあるのだけれども、どうにかひと段落である。

 なによりも大ジョッキを右手で持てるようになったのだから、それだけでもまぁ嬉しいことである。

 

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