お医者さんをめぐる冒険

 肘が痛くなった。4月頃の話だ。

 4月に二年生の担任になって、最初に気になったのは机のガタツキだった。机の天板はネジ止めで、それがゆるんでいる机が多かったのだ。

 ドライバーを持ってきて、片っ端から締めなおしていたら、結局40近くのすべての机の4ヵ所のネジを締めなおすこととなった。

 翌日からである。右肘がジンジンと痛み始めたのは。机の裏側のネジなので、かなり無理な姿勢で右手を酷使したもんなぁ。

 だがまあ、そのうちに治るだろうと放っておいた。

 

 それがいつまで経っても治らない。

 20代の時からずっとウェート・トレーニングを続けているのだけれども、肘が痛いとダンベル・カールやプルダウンといった運動に差し障りがある。

 ただ、筋力というのはちょっとトレーニングを怠るとあっという間に退化してしまう。特に自分のような高齢者であれば一度落ちた筋力を取り戻すことは困難である。

 だから、グリップを変えたり負荷を変えたりして、出来る範囲でのトレーニングは続けていたのである。

 そのうちに痛みは肘から肩にかけて広がっていった。

 この時点でも医者に行こうとはまだ思わなかった。理由がある。

 靭帯や腱といった身体の内部組織の異常はレントゲンに写らないのである。MRIでなければ無理だ。だが、余程症状が重くないと医師はMRIを撮ってくれないのだ。

 結局、整形外科に行っても問診と触診が主になる。そして、よほど酷い痛みではないかぎり、「炎症」という一言でくくられて、痛み止めの飲み薬と湿布薬を処方されて終わりであることを経験的に知っていたのである。

 

 痛みがどうしようもならないほど酷くなってきたのは夏頃である。

 肘も相変わらず痛いが、肩の痛みがそれ以上に酷くなってきたのである。

 遂にはトレーニングが出来ないほどになってしまった。

 明け方には痛みで必ず目が覚めてしまう。

 もうこれは医者に行くしかない、という判断をし、以前に肘の痛みを診てもらった(この時は本当にただの炎症で自然治癒した)亀戸の病院に行った。

 診断の結果は、「五十肩」というもので、筋肉への注射をうってくれた他、痛み止めと湿布が処方された。

 それで改善されない場合はMRI、という話も出ていたのである。

 だが、この治療は中途で頓挫することとなる。

 

 痛風発作が出てしまったからである。

 過去にも幾度かあったが、今回は酷かった。

 まず右膝。続いて右足親指。痛みで歩行が不可能になった。芋虫のように家の中をはいずりまわることしかできず、これで仕事を3日休んだ。

 痛みがやや沈静化してから、亀戸の整形外科病院に行って診てもらい、薬を処方してもらう。

 薬も利いたのか、なんとかまた普通に歩けるようになって、おかげでマレーシアへの修学旅行の引率にも行けたのである。

 が、帰国してまたすぐに再発した。また右膝だ。

 また病院へ。酷い痛みだったので、患部へ直接注射をうつこととなった。

「一番痛いところを特定するため」と医師が右膝の数か所をぐいぐいと押す。

 皆さん、痛風ってなんで「痛風」というか知ってますか? 風が吹いても痛いからですよね。正解。吹かなくて痛いけど。

 そこをぐいぐいと押すのだから痛いなんてもんじゃない。いい年をした大人(自分)が「うがっ」と悲鳴をあげてしまったくらいなのだから。

 そうしたら先生(女医さんです)が「痛くないっ!」と一喝。むちゃくちゃな話だけど、この方は元中日ドラゴンズのチームドクターをなさっていた方で(だから腕は確か)、屈強なプロスポーツマンばかりを相手にしてきたせいか、常人の痛みというのに理解があまりないみたいなのである。

 そんで、その一番痛いとこに注射をさして(これがまたすんごく痛い!)、それで終わりかと思ったら、

「薬を行き渡らせるため」とのことで、その注射した患部をぐいぐいと揉み始めたのである。

「!!!」

 声を出すとまた怒られるので、黙って耐えたけど、ホント、悶絶するんじゃないかと思うような痛みだったよ。

 

 まあそれやこれやで、治療は痛風が中心となって、肩の痛みの件はどっかいってしまったのである。

 なにしろひっきりなしに色んな患者の来る忙しい病院なので、先生も多忙を極め、一人一人の病状を細かく覚えている訳ではなさそうなのだ。

 そのうちに、大学時代の後輩からメールで「中高年の肩の痛みの原因として五十肩は全体で4割に過ぎず後は他の原因、とNHKでやっていたよ」と知らせてきた。

 そこで、自分でもネットで色々と調べてみたのだが、どうも単なる五十肩ということでは納得できなくなってきた。痛みの性質が異なるのである。

 だが、例の元ドラゴンズドクターは一度「五十肩」の診断を出しているので、それ以外の可能性はすぐに考えてくれそうにない。なにしろ彼女は忙しすぎるのだ。

 そこで、別の病院に行くことを考えた。

 

 ネットで色々調べ、とにかく自宅から行けそうな範囲で、かつスポーツ整形の心得のある病院を探す。

 範囲を広げれば良さげな病院もあったのだが、なにしろ、いつまた痛風発作が起きるかわからないような状態なので、遠距離は避けたかったのだ。

(ちなみにその後も痛風発作は起こっている。今度は左足首だ。薬で尿酸値は下がっているのにもかかわらず。おかしいだろ! って怒ってもしょうもないのだが。)

 調べた結果、スポーツ整形の医師で、しかも肩関節の治療が専門だという医師のいる病院を見つけ、平日に休みをとってそこへ行ってみた。

 

 ところが受付でわかったのだが、その医師は来る曜日が決まっていて、その日は不在なのであった。うーむ。

「とりあえず、今日は別の医師に診てもらうだけ診てもらって、また曜日を改めて来るというのではどうでしょう」と看護師さんが提案するので、それに従うこととする。

 まあ、とりあえず肩関節の専門医がいる病院だから、他の医師にもそういう知識なりノウハウなりは浸透しているのでは、と甘い期待をしたのである。

 総合病院なので、患者は多く、待ち時間は長い。待つこと1時間半。

 やっと診てくれた医師は若い方だった。

 

 問診と触診。

 こちらとしては今までの経緯や症状を細かく説明するのだが、医師は一言、

「上腕二頭筋の炎症でしょう。」と。

 筋肉ではなくて、その下部が痛いということは説明したはずなのだが……。

「……炎症が半年も続くという事があるんでしょうか?」

「その点は珍しいですね。」

「……」

「消炎剤を出しますので、それで患部をマッサージしてください」

 レントゲンすら撮らない。こちらはもっと詳しく診断してほしくて来ているのだが、医師の背中が「ハイ、次の方」と言っているようで、うちひしがれてその病院を後にした。

 完全な無駄足。待ち時間1時間半で診察時間3分。こんな感じでは、曜日を変えて肩の専門医がいる時に来ても大差ないだろうという気がする。

 

 時計を見たら、まだ11時だった。

 そこで、別に目星をつけていた他の病院に行くことにする。

 そこは個人の開業医で、やはりスポーツ整形の先生なのだが、専門は「脊髄」とのことなので、上記の病院の方を優先したのだ。

 それにしてもこんなことで医者のハシゴをすることになるとは思わなかったよ。

 

 結論から言うと、その病院は「当たり」だった。

 先生は非常に細かく診てくれて、老化による五十肩は指摘しつつも、それ以外の損傷の可能性もいくつか考えて下さり、後日MRIも撮ってくれることとなった。

 その日にうちに理学療法士の方と相談して、現時点で出来るリハビリのメニューを作り、指導もしてくださった。

 今後どうなるかはわからないけど、信頼できる医師と巡り合うと、それだけで随分と気が楽になるのだなぁ、と改めて思う。

 

 それにしても、今年いったい何件の病院に行ったことやら。内科(高血圧)、消化器科(潰瘍)、精神科(鬱)等々……整形外科は4件も行っている。

 すっかり病院の上得意客である。

 

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