煙が目にしみる

 昔も今もタバコは吸わない。もともと喉が弱く、タバコの煙の多く立ち込める場所にいるとすぐに喉が痛くなってしまう程なので、自ら進んで吸おうとはつゆ思わなかったのである。

 昔は今と違って「嫌煙権」なる言葉もなく、喫煙率も高かったので、人の多く集まる場所は大抵タバコの煙が渦巻いており、けっこうツライものがあった。

 

 そんな苦手のタバコをわざわざ購入して口にしていたことがある。大学生に成りたての頃である。

 ちょっとしたイタズラのためである。

 当時、大学生になったら、同級生の殆どの人間がタバコを吸っていた。それまでは自分の周囲でタバコを吸う人というのは、年長者及び自分より目上の人ばかりだったので、ずっと実現できなかった計画を「いっちょやってみるか」と、むくむくとイタヅラ心が頭をもたげてきたのである。

 紙巻きタバコの葉を丁寧に半分ほど取り出す。そして、そこにマッチ棒を折って頭の発火する部分だけにしたものを3個ほど詰めるのである。そして、先ほど取り出した葉をまた丁寧に詰めてやる。「時限発火タバコ」の完成である。

 ただ、これを誰かに吸わせるに当たって、タバコを吸わない人間がタバコを人に勧めるというのはいかにも不自然である。

 そこでタバコだけでなくライターも購入し、自らが口にして火をつけてから人にも勧める、ということが必要になってきた訳である。

 もちろん本当に吸ったらゲホゲホなので、巧妙に吸っているフリをするのだ。

 また、誰もが吸っている銘柄では人に勧める必然性がないので、わざわざ外国タバコを購入した。更にもとのままの形に葉をきれいに詰め直せるよう専用の道具も自作した(こういうくだらないことには凝り性だったりする)。

 さて、このようにして何人かに仕掛けたところ、たまに失敗はあるものの、けっこう高い確立でタバコは途中で発火し、吸っている人を仰天させることとなった。

 予想外の出来事が目の前で起きるので驚く訳だが、そんなに大きな炎が出るわけでもなく、たわいもないイタズラであり、引っかかった人はたいてい笑って許してくれた……と思う(かな?)。

 まだ日本の世の中全体がおおらかだった、ということもあったと思う。

 

 時代が変わり、今や「健康増進法」なる法律まで出来て、タバコを自由に吸える場所というのは本当に制限されるようになった。喫煙家の方はさぞ苦労されていることであろう。

 タバコの煙の苦手な我が身には有り難いことであるが、一方で、世の中全体に色々なことがすき間無くギチギチに固められて余裕がなく、日本社会全体からかつてのような「おおらかさ」というものも同時に失われてしまったように思えて仕方がない。

 

 長年タバコを吸い続けてきた知人が、タバコを辞めた。医者から健康面で指摘されたためである。禁煙パッチを使うことで見事に成功したのであるが、昨今のようにタバコを吸う場所が制限されてきている中では、もう吸う場所で悩むこともなくなったので、その点でも良かったと言っていた。が。

 つい最近、その知人に会ったら、なんとタバコが復活してしまっていたのである。なんでも、せっかく転職したのに、その転職先が経営不振で倒産しそうだったのだという。そのため、ストレスからまたタバコを口にするようになってしまったとのだとか。知人は煙を吐き出しながら「あー、うまい」と笑った。

 それを見ながら、ストレスから喫煙するというのだから、逆に考えればタバコというのはストレスを解消してくれるのかな、とも思う。そうだったら俺もタバコを吸ってみるのもいいかもしれない、などとチラと考えたりもした。たびたび激しい気持ちの落ち込みに苦しむ我が身には、藁にもすがる思いというのがある。

 だが、チラと考えただけでやはり思い直した。何しろ勤務先は敷地内全面禁煙だし、我が家もカミさんがタバコの煙が苦手なのでやはり禁煙地帯である。よって吸いたくても吸えない状態にいつも身を置く訳だから、かえってフラストレーションがたまりそうだ、と思ったからである。前述したように喉が弱い、ということもあるしね。

 

 さて、仕事のストレスからタバコを復活させてしまった人がもう一人いる。

 このHPでも何度か登場している九州のK君である。

 彼は、就職当初は高校の教員だったのだが、途中で中学校に移ったのである。ところがここでの仕事が予想以上に大変で、そのため何年も辞めていたタバコをまた吸うようになってしまったのだという(その後、現在はまた高校に戻っている)。

 ところで、不思議なことにタバコを復活させてしまったK君が実際にタバコを吸う現場というのは一度も目撃していない。実際にタバコを所持しているのを目にしているにもかかわらずである。彼は出張その他で東京の方に来ることも多く、時間がとれると再会を果たしているし、一昨年結婚式に招待された時はけっこう長い時間接していたにもかかわらず、何故かタバコを口にする姿は見ていない。

 今年の夏も東京方面に来て、他の友人とともに沖縄そばの店である「てぃあんだー」に行ったのだが、その帰りにファミレスに寄った時のことである。席を案内される際、「おタバコはお吸いになりますか」と訊かれたので、K君のことを考えてオレが「喫煙席で……」と言いかけたら、当のK君が「いや、禁煙席で」と言い出す。オレが「だって君は吸うじゃないか」と言うと、「いや、吸わない」と言う。「またタバコをやめたのか」と問うと、「違う」と言う。

 つらつらと考えてみるに、K君は気配りの人なので、非喫煙者の前では吸わないように心がけているのかもしれない、ということに思い当たった。その時のメンバーで喫煙するのはK君一人だけだったのである。

 それ故、オレと飲んでいる時も、タバコを吸わないオレに気遣ってタバコを口にしないようにしているのだろう。たぶんそういうことだ。

 もちろんK君らしい優しい心配りなのであるが、そんな風に自分の好きなものも他人への配慮で我慢する、という考え方だと、ストレスはたまっていくだろうなぁと思う。でもそこまで言ったらK君に気の毒か。

 

 タバコを一箱1,000円にまで値上げする、という案が出たのもつい最近のことではなかったか。

 かなり極端な発案であるにも関わらず、それを指示する人間が意外にも多いのに驚かされる。おそらくは長年に渡ってタバコの煙に苦しめられてきた人々なのだろう。もちろんその気持ちはわからないでもない。だが、やはり世の中全体から「おおらかさ」がなくなってしまったということも事実なのだろう。

 さて、タバコが好きではない我が身ではあるが、この案には反対の立場である。

 特定の物品を狙い撃ちして高額の税をかける、という発想そのものに反発をおぼえるのだ。

 他でもない、酒税がそうだからだ。タバコ一箱1,000円案が通れば、当然のことながら次のターゲットは酒税の増税、ということになりかねない。

 そうならないよう、政府の動きには目を光らせていなければならないし、同時に我々愛飲家は、酒を飲まない方々に反発を持たれないよう、普段から酔っ払って顰蹙を買うことがないよう注意しないといかんだろうなぁ。

 

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