間が悪い

 そろそろ年賀状の準備をせねば、と思っていたところ、ふと数年前の嫌な出来事を思い出した。

 ここ数年、年賀状はきっちりと「○○日までに」という受付締め切り前に出している。

 だから先方には元旦に着いているはずである。

 ところが、1月も中旬を過ぎた当たりに、奇妙な年賀状が我が家に届いたのである。

 こちらから出した年賀状の返事であった。もちろん、その方にも受付締め切り前に出している。

 文面には「松の内も開けた後になってから年賀状をくれても迷惑」ということが怒った口調で書かれていた。

 えっ? である。

 たぶん郵便局の配達ミスなのであろう。こちらが締め切り前に投函した年賀状はどこをどうさまよったのか、1月も半ばを過ぎてから先方に届いたのである。

 結局、その方との年賀状のやり取りは途絶えてしまった。

 

 なんだか、我が人生にはそんなことが多いなぁ、と思う。

 

 まだ高校生の頃である。エレベーターに乗って目的の階のボタンを押した。「閉」ボタンは押さない。別に押さなくたって、一定時間が経つと自動的に閉まるのだから、必要ないと思ってあまり俺はこのボタンを使わない。

 ところが、そこへ荷物を抱えた女性が慌てて早足で入り込んできた。ちょうどタイミング良く……じゃなくてタイミング悪くドアが閉まりかかった。

 中年女性はドアにぶつかってしまった。

 俺は急いで「開」ボタンを押したので、中年女性は無事にエレベーターに乗ることができた。

 が、中年女性は俺のことをにらみつけて言った。

「ドアを閉めたでしょ!」

 ええっ? 何を言い出すんだこの人は。

「閉めてませんよ」

「ウソおっしゃい! わざと閉めたんでしょっ!」

「自動的に閉まったんですよ」

「ウソばっかりついて!」

 どうやらその中年女性は、エレベーターというものは一定時間を過ぎるとドアが自動的に閉まるということを知らないらしかった。たぶん普段から「閉」ボタンを使ってしかドアを閉めないせいであろう。

 結局、激怒する彼女の誤解をとくことはできなかった。

 

 最初に働いたのが営業職なので、電話はかかってきたら素早くとるという習慣が出来た。

 だから、教員に転職して、学校の先生というのがいかに電話を取りたがらないかを知ってびっくりした。

 職員室にはだいたい3ヵ所くらいに電話があるのだが、鳴っていてもその前を平気で素通りしていく人すらいる。

 だから、その職場で俺が電話を受ける確率はかなり高かった。

 ある時、俺が放課後に職員室に入っていったら、どういうタイミングなのか、誰も人がいないことがあった。

 そして、誰もいない職員室でずっと電話が鳴っていたのである。

 俺が入ったドアからは遠い場所にある電話であった。

「仕方がないなぁ」と思いながら俺は電話に近付いて行った。

 その時である。電話近くのドアを開けて、事務室の人が入ってきたのである。

 そしてその電話に急いで近づきながら怒った声で言った。

「先生、電話に出てくれなければ困ります!」

 嗚呼、である。

 たぶん彼女は普段から事務室から職員室に電話を回しても、一向に電話を取ろうとしない「教員」という人種に憤りを感じていたのであろう。

 そして今まさに、職員室に自分一人しかいないのに電話を取ろうとしていないバカ教員を見つけて、怒り心頭に発したのであろう。

 おそらく全職員中、俺は一番電話を受けているつもりだったのに……。

 

 この間もこんなことがあった。

 自転車に乗って十字路に差し掛かった時のことである。

 直進している俺の左側から、前の子供用シートに小さな子を乗せた母親とおぼしき自転車が急に近づいてきた。

 俺はブレーキをかけた。それと同時に万が一止まれなくてもぶつからないようハンドルを右に切った、ただ、咄嗟にそれだと彼女の進行方向を遮る形になってしまうことに気が付き、慌てて左にハンドルを切り返した。

 俺の自転車は彼女の1メートルくらい手前で止まった。

 だが、彼女は何をどう驚いたのか、自転車のブレーキをかけた上にハンドルを大きく回し、バランスを崩してしまったのである。

 自転車は大きくよろけて、後ろにもたくさんの荷物を載せたその自転車は、子供を乗せたまま倒れてしまった。

 俺にしてみれば、え? え? なんでそうなるの? という心境であった。

 その場に居合わせた何人かの大人が駆け寄ってきた。

 俺も「助け起こさねば」とは思ったものの、まずいことに前かごに重い荷物があったため、自転車から降りてスタンドをかけてもそのままだと倒れてしまうのだ。

 結果的に俺は自転車に乗ったままだった。

 幸いにもしっかりとした子供用シートである上にヘルメットも着用させていたので、子供は無事であった。ホッ。

 だが、彼女の自転車を助け起こしたり、荷物を拾ったりしていた男達がチラチラとこっちをにらんでいることに気が付いた。

 たぶんその人達は何が起こったかは見てはいなかったと思う。

 自転車を起こす彼女もなんだか恨みがましい目で俺を見ている。

 ああ、そういうことか。またですか。

 正直言って、この後の話はちょっと書きたくないな。

 

 誰にでも運が悪かったり、ついていなかったりすることはあると思う。でも、我が人生、ちょっと多すぎる気がする。

 そんなこんなで多くの人が俺を嫌い、憎み、避け、そして去って行ったのかもしれない。

 そう思うと、なんか、切ない。

 

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