中華鍋の謎

 料理が好きだ。一番得意なのは中華料理。

 火力の弱い家庭のコンロでも、鉄の中華鍋を十分に熱し、かつ少ない量で炒めれば、けっこうそれらしい料理ができる。

 たとえば夕べの残りご飯も、卵とねぎを使ってこの中華なべで炒めれば、たちどころに美味しいチャーハンに変身する。

 だが、実はこの美味しいチャーハン作りを会得するまでの道のりは長かった。

 

 結婚前、まだ実家にいる頃から、料理の本をあれこれ読んでは美味しいチャーハン作りの研究をしていた。

 ものによっては「卵は最初に入れよ」とある。ものによっては「卵は最後に入れよ」ともある。

 ものによって「冷ご飯を用いよ」とある。ものによって「温かいご飯を用いよ」ともある。

 なかなかどうして一筋縄ではいかない世界なのだ。

 中でもご飯をパラリと炒めるテクニックが難しかった。

 中華鍋の中でご飯をあおりながら炒め、余分な水分を蒸発させないと、パラッとした仕上がりにはならない。

 そのため、鍋を持つ左手で、常に中華鍋をあおり続ける技術が必要となるのだ。

 だが、これが難しかった。ご飯がすぐ鍋底にくっついてしまうのである。そのため、あおってもご飯が宙に舞い上がってくれないのだ。そこでおたまで引き剥がしてはあおるのだが、またすぐにくっついてしまう。

 そうこうして炒めているうちに、ご飯がだんだんとつぶれてきて、更には焦げてくる。

 

 もちろん炒める前に鍋は十分に加熱しているし、油もしっかりなじませている。

 また、使用後の手入れも、決して中性洗剤等を使わないよう注意した。中華鍋は鉄製なので、洗剤を使うと表面の油膜が取れて錆びやすくなる上に、炒めたものがくっつきやすくなるので、洗剤使用はご法度なのだ。そのため、わざわざ「ササラ」という細い竹の棒を束ねた専用の道具を買って来て、これで洗っていた。

 あらかじめ冷ご飯に油をかけてなじませておくと良い、と本にあったので、それも試してみた。

 だが駄目だった。何をどうやってもくっついてうまくいかのだ。しかもまったく原因がわからない。

 やっぱり家庭で本格的なチャーハンを作るのは無理なのか? いや、それとも単にオレに才能がないだけなのか……?

 悶々とした日々が続いたが、ある時、まったく意外な形で謎が解明されたのであった。

 

 それは深夜だった。トイレに入るために起きて、台所を横切ろうとしたのだが、その時、いつものように母が流しに立っていたのだ。

 母は昼間パートに出ているため、夜、夕食後は、うたた寝をしたり、本を読んだり、料理の下ごしらえをしたりと、のんびり過ごすことが多く、それが深夜に及ぶことは珍しくなかった。

 だから、その日もいつものように料理でもやっているのかな、と思い、気にも留めなかったのだが、ふと流しの方を見てガクゼンとした。

 母が一所懸命に中華鍋を洗っていたのであった。

 それもクレンザーをたっぷしつけた金属たわしでゴシゴシと。

 どうやら母は、バカ息子がちゃんと油汚れを落とさなかった鍋の不始末を、自分が「まったく、もう」とばかりに、毎回深夜に尻拭いをしてくれていたらしいのである。なんてこったい……。

 

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