50代ポンコツ行進曲〈前編〉
今年の2月に、50歳になった。
論語に「五十にして天命を知る」とあるが、あの言葉の本当の意味を知ったような気がする。
あの言葉は決してかっこいい意味じゃない。「50歳にもなればもう先は短いのだから、自分にできることはもはやたかが知れている」という「天命」を知るだけのことなのだ。「人間五十年 夢幻のごとくなり」なんて言葉もあるしね。
ちなみに「四十にして惑わず」もかっこいい意味ではないことが経験してわかった。
40にもなるとあれこれ色々なことをやるにはもう遅すぎるのだ。つまり惑いたくても惑う選択肢がないわけ。
そう思うと孔子というのはやはり人間通だったのかもしれないな、と思えてくる。
40代の終わり近くから肉体の老化が急激に進み始めた。まるでオールド・スネークのように(マニアックなたとえでゴメン)。
近視がかなり進み、そこに老眼も加わって、遠くのものも近くのものも見えなくなってしまった。
近視が進んでものが見えないと仕事(学校の教員)に差し支えるので、コンタクトの度を上げた。そうしたら、今度は手元の教科書の文字が読めなくなってしまった。
仕方なく、コンタクトをかけつつ、老眼鏡も首からぶら下げる、という珍妙なことをせざるを得なくなってしまった(遠近両用メガネをつくれってか)。
高血圧なので降圧剤をずっと飲んでいるのだが、数値は高値安定のままである。
痛風のせいか、足首と足の指関節に強い痛みが定期的に襲ってくる。痛みがひどいと満足に歩けない。
以前に手術した腰の痛みがここに来て更にひどくなってきていて、朝起きた時が特にひどく、何かにつかまらなければ立ち上がることが出来ないほどである。
恐らく急激な老化の主たる原因は血管の劣化であろう。長年に渡って暴飲を続けてきたもんなぁ。そのむくいか。
ついこの間は夜中に胃から食道にかけての強烈な痛みに襲われた。
翌日はものすごい倦怠感の上に全身がフラフラして体が満足に動かない。それでも仕事には行かねばならなないので、家を出たものの、途中で何度も何度も道端にへたり込んだ。休憩を取りながらでないと、進んで行けないのである。
駅について、いつもは地階に行くのに階段を使うのだが、その日はそんな状態だったので迷わずエレベーターに乗った。だが、すぐに気持ち悪くなってしまい、エレベーターを降りると同時に嘔吐してしまった。
何度か休みつつどうにか職場にたどり着き、めまいや立ちくらみに悩まされながら仕事をする。
疲れが原因かもしれないと思い、その日は早めに帰宅して早めに就寝した。
しかし、翌日も前日とほとんど変わらず、ふらつき状態は治らない。階段をワンフロア上るだけでその場にへたり込む有様だ。まずいことに職員室は3階にあって、教室は6階にあるのだ。この往復はきつすぎる。
しかも、「これはやばいな」と思ったのは二日つづけて真っ黒な大便が出ていたこと。別にイカスミパスタを食った訳ではない。黒は血液の色なのだ。
腸からの出血であれば、血の色はもっと鮮明である。つまり、それより上の消化器系のどこかが出血しているということになる。
ネットで調べてみたところ、候補としては潰瘍か癌の可能性が高いとのこと。
即、職場の近くの消化器系の医者に行き、翌日の胃カメラの予約を入れてもらった。
検査の結果、十二指腸潰瘍からの出血であることがわかった。
医師の診断によるとかなりの貧血状態であり、おそらく一日に500ml近く出血していただろうとのこと。大ジョッキ一杯分くらいか。
「倒れなかったのが不思議」と言われる。もし倒れていたら即入院だったらしい。
実は以前に同じ病気を経験しており、その時は実際倒れて入院しているのだ。二十代後半の頃のことである。
逆に言えば、その時の経験があったからこそ、今回は倒れる前に気づいて医者に行った、とも言える。
さて、胃カメラのために前日の昼以降ずっと絶食をしていたので、気になるのは今後の食事である。
そのことを医師に尋ねる。
「先生、今後の食事はどうしたらいいでしょう。」
「何も食べないのが一番。」
「えっ……」
「うーん……牛乳。」
「他には……」
「ヨーグルト。」
「他には……」
「うん、ゼリーもいい。」
「えーと、他には……」
「離乳食のようなもの。消化の良いもの」
何度かやりとりをしているうちに最後の方は先生も譲歩してくれたが、要するに毎日通院して点滴で栄養補給をして、胃にはあまり負担をかけるな、という治療方針なのである。確かにかつて緊急入院した時も絶食療法だった。
しかし、毎日通院して一回1〜2時間かかる点滴を受け続けるというのは仕事がある限り不可能である。
もちろん、医師の言っていることは正論なのだ。
いつだって医師は正しい。酒・たばこはやるな。食事は規則正しく腹八分目。脂肪や糖類は避けよ。睡眠時間を十分にとれ。適度な運動を心がけよ。調子の悪い時は仕事を休むこと。ストレスを溜めない生活をするべし。どの医師も異口同音にそう言う。
でもそれらがそう簡単にできないから病気になる訳で。
ここまで書いたところで、久しぶりに痛風が悪化した。
右足親指の付け根と左足首の関節が突然腫れ上がり激痛が襲ったのである。
何かにつかまりながらでないと立てないし、歩くのも恐る恐る足を交互に進めてゆっくりゆっくりにしか進めない。まるで昔の社会党の牛歩戦術だ。
なんか体の各地各方面で同時多発ゲリラが起きているようである。
ゲリラ側の要求はなんだろう。出来れば彼らの代表と交渉の場を持ちたい気分である。
でもたぶん、ゲリラ側代表者(?)の言うことも医師と同じなんだろうなぁ。「我々の労働条件を改善せよ!」ってか。
だからそれがそんなに簡単にいかないんだってば(この項続く)。