佐川急便

 夜に仕事から帰宅してみたら、宅配業者の不在連絡票が入っていた。

 ちょうど誰もいない留守の時間帯に配達に来たらしい。

 時間がもう7時過ぎなので、その日の配達はもうしてもらえず、やむなくプッシュホンでの自動サービスで翌日の夜を指定した。

 届くのが一日遅れとなるが、それはやむをえまい。ただ、夜に業者が来ると分かっていると、風呂に入っていても飯を食っていても落ち着かないので、その点がちょっと面倒なのだが。

 

 業者は佐川急便であった。

 実を言うと、この業者にはあまりいい印象は持っていない。

 以前に何度か、届いた荷物がタバコ臭かったのだ。ドライバーの喫煙臭がついたものと思われる。

 また、ある友人は期日指定配達にしたにもかかわらず、その日に荷物が着かなかったことがあったという。

 しかも、それだけではなく、その翌日の午後9時くらいに電話があって、「荷物が一つ残っていました」と謝罪の一つもせずに平然と荷物を届けに来たとか。彼は憤慨していた。

 

 佐川急便に関連して思い出すことがある。

 まだ郵政民営化が決まってから間もない頃、漫画家のいしかわじゅんなる人物が、「佐川急便の社員は、急いでいるというイメージ作りのため、人前で歩くことは許されない。街では彼らは常に荷物を抱えて走っているのだ」と書き、それに比べて「走っている郵便局員なんて見たことがない」という文章を書いているのを読んだことがあるのだ。

 要するに民間企業の佐川を礼賛して、元公務員の郵便局を批判したいらしいのだが、これを読んで「この漫画家はアホか?」と思った。

 だってそうでしょ。

 利用者にとって大切なのは、預けた荷物が期日までに確実に相手に届く、ということであって、表面的なイメージなんて二の次の問題である。

 走っている佐川は他の会社より荷物が早く着く、というのならともかく、他の業者や郵便局と別段差はないのだから、そんな行為は無意味である。

 走っている佐川の配達員を見て、「ほおっ、佐川の業者は一生懸命だな。頼むなら佐川にしよう」などと単純に思うはずがあろうか。いいやあるはずがない(反語)。

 

 俺がかつて会社に勤めていた頃、宅配業者はいくつか使用してみたが、サービス内容についても料金についても、佐川の評価は決して高くなかった。逆に評価が高かったのは例の黒猫の業者で、結局利用するのはそこが一番多かった。

 客商売で大量に発送するので、料金と確実さというものが何よりも大事なのだ。もちろん従業員が走っているかどうかなんて問題にもしなかった。あたり前だ!

 

 件の漫画家だって、作画もしていないのに一生懸命仕事をしているように見せるために、四六時中ペンを振り回しているか、というと、そんなこともあるまい。要するに本質的なことを問題にしないで、表面的なことしか見ていないのである。

 

 単なるイメージ作りのためだけにバタバタあわてふためいて走って、結果的に荷物の運び残しがあったり、ストレスからタバコを吸いまくって荷物を臭くしたり、というのでは本末転倒もはなはだしい。

 社員にそんな無理・無意味なことを強要する会社というのは考えものである。

 

 だが、この手の無理・無意味なことをやたらあれこれとやらせたがる管理職・経営者というのは少なくないと思う。

 例えば、客が入ってきただけで「ご新規さま一名様でぇす!」「ハイいらっしゃまぁせぇ!」などと店員全員が大声でがなりたてる飲食店。本当にこんなサービスを客が有難がっているとでも思っているのだろうか? 食べ物屋で大声を張り上げるということは、つばの飛沫が飛び散るだけなのだ。

 たぶんこういう店では「朝礼」と称して、朝から従業員一同を集めて声出し訓練とかやっているに違いない。そういえば、俺が勤めていた会社でも一時やっていたな。何でも思いつきの社長だったので、すぐに立ち消えになったけど。

 

 せっかく従業員に金を払っているのだからと、朝から晩まであれもこれもとむやみやたらと色々なことをさせようとするのは、病的である。

 人間のエネルギーというのは限りがある。無理なことを詰め込みすぎればどこかにほころびが生じるのだ。

 マニュアルというのは確かに大切だし、それは絶対に必要なものであるが、あまりにそこにあれこれを厳しく詰め込みすぎると、大事な時に臨機応変の対応が出来なくなる。何事にも限度というのもがあるのだ。

 

 などとあれこれ考えていたら、玄関のドアチャイムが鳴った。

 もう9時近くだというのに誰だろう、とインターホンで対応したら、佐川だった。

 訊けば、先ほどのプッシュホンによる自動サービスで配達指定予約が入ったことを知り、その時間指定が夜であり、近くに別の配達があったので、それならば今日の方が、と思って寄ってみた、とのこと。

 いいなぁ、こういう判断。

 マニュアル通りにやれば翌日の夜配達、となるところであった。しかし、彼はそのマニュアルとは違う判断をした。

 血の通った人間同士のやり取り。

 

 今年の7月から佐川は車内全面禁煙に踏み切ったという。そのため、荷物は少しもタバコ臭くなかった。

 佐川の好感度、ちょっとアップした。

 

 ……と本来はこの文章、ここで終わるはずだった。

 だがその後、掲示板の方に佐川急便の無軌道ぶりを指摘する書き込みがあった。

 午前中の時間指定の配達物を、夜の10時半に持ってきて、謝罪すらせず、しかも認印もとらずに荷物を玄関先に放置していったというものである。

 こうなるともう弁解の余地はない。この会社は社員の教育・評価システムのどこかが歪んでいるとしか思えない。

 確かに、「配達中は常に走り続けて歩くことはまかりならん」なんてことを強要する時点で相当にヘンなんだけどね。

 好感度、また一気にダウンである。やれやれ。

 

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