電子レンジ大変記

 9月の第二週のこと。土日が勤務日だったので、代わりに月火が休みになった。

 せっかくの平日の代休なので、映画でも見に行こうか、と当初は考えていたのだが、そうもいかなくなった。やるべきことが出来たのである。

 実は前の週に電子レンジが突然壊れてしまったのである。スイッチを入れてもウンともスンとも言わなくなった。

 結婚以来17年間使ってきたものなので、壊れてもおかしくはないし、今更もう直す気もしないので(たぶんもうメーカーに部品がない)、この際新しいのを購入することにした。

 

 ということで、月曜日に御徒町にある「多慶屋」というディスカウントショップに足を運んだ。

 この店は食料品から衣料インテリア家具家電とあらゆるものが揃っている上に、ポイントではなく現金価格で安くしてくれるし、配送も無料、しかも古い品物を無料で引き取ってくれるサービスまであるのだ。

 従って、大物を購入する時には必ずと言っていいほどこの店に足を運ぶのが常となっている。

 御徒町に行くためには、我が家からバスに乗り、電車も二本乗り継がなければならないのだが、行くだけの価値のある店なのである。

 

 さて、店に付き、電子レンジ売り場について棚にある品を改めて見回すと、実に種類が豊富なので驚く。

 最近の機種は機能が豊富らしいのだが、どれがどう違うのかまるでわからない。値段も1万円以下のものから15万円以上するものまで本当にまちまちである。この中から何をどう選んだらいいのか? 途方にくれるばかりである。

 そこで店頭で現物を見たり、店の商品案内の掲示を見たり、メーカーのカタログを見たりと、最新電子レンジ事情を一から勉強するハメとなった。

 そして、30分以上かけて検討した結果、どうにかこれならいけるんじゃないか、という機種を絞り込み、その中のM社のものを選んで購入を決定。お金を払って配送の手続きを完了した。

 

 その後、家に帰ったらまだ2時過ぎくらいだったので、まだ時間も早く、「明日こそ映画に行くとして、今日はこの後どう過ごすかな」などと考えていたのだが、ふと思い立って、現在の壊れたレンジのある場所をメジャーで改めて計ってみると……。

 

 タラーッと汗が流れる。寸法的に入らねぇ。

 今まで使っていたT社のレンジもそれなりに大きかったので、寸法もろくに測らずに後継機を選んでしまったのだが、それが大きな間違いであることがわかった。

 最近のレンジは機能豊富な分だけでかいのだ。特に高さがある。

 レンジ棚は今まで使っていたT社の純正品。金属製で、棚の幅は固定で高さの変更は不可能である。

 とにかくこのままでは高さで入らない。

 ここでしばし考える。今さらまた御徒町まで戻って機種を選び直す、というのはいかにも非効率で非建設的である。それならばいっそ、この際どーんとレンジ棚も買い換えちゃおうか、と。その方が前向きだぞ、と。

 

 そこで近所のホームセンターへ。

 ところが、現在の設置場所にあわせて幅60センチ位の棚を探すと、これが見事に奥行きが40センチ以下のものしかないのだ。どれも皆そう。このサイズだと、購入したレンジが棚から7センチ以上もはみ出す計算になる。見た目もそうだが、安定性も悪く危険である。

 しかし、もっと奥行きのある棚はいきなりでっかくなり、現在の場所に置くことは不可能だ。

 もう一軒別の店を見たが、こちらも結果は同じだった。

 後は商品名「ルミナス」のようなスチール製の組み立てラックを使うしかない。

 

 家に一度戻ってじっくりまた考える。

 スチールラックのパーツを選ぶ→購入して配送してもらう→家で組み立てる→現在のレンジ棚から荷物をすべて出す→現在のレンジ棚移動→スチールラックを納め荷物を再び詰め込む→レンジ棚を粗大ごみに出すための手続きをとる……

 そこまで想像した時に、深いため息が出た。これはたまらん。なんとも面倒くさい。

 ならばいっそやはりレンジの機種を変えた方がよっぽど楽だ。

 ということで、翌日の火曜日、また御徒町へ。

 

 今度は一度錦糸町に寄って、ヨドバシカメラで電子レンジのカタログを一通りもらっていく(ヨドバシさん買う気もないのにごめんなさい)。

 まずはカタログでサイズを比較検討し、機種を最初から絞り込んでおく作戦なのだ。

 多慶屋もそれなりに製品は揃えているが、全部を店頭に置いている訳ではない。だが、カタログで申し込めば製品を取り寄せてくれるのだ。

 早く用事を済ませることができれば、午後から映画に行く事だって可能だ。よし、急げ。

 とばかりに多慶屋に着くと電子レンジ売り場に向かった、が。

 バッグから前日の「お買い上げ伝票」を取り出そうとするのだが、ない。ない。

 バッグは昨日のままのはずでは……? と訝りながらハッとした。

 そうだ、配送業者に渡す書類と一緒だったので、一度バッグから出したことを思い出したのだ。

 あのまま詰め忘れか。ここまで来て。うぁっ。

 呆然とした。全身から力が抜ける。

 

 だが、この際いつまでも悔やんでいても仕方がない。どう考えても家に戻るしかないのだ。

 淡々と家路に着く。それしかないもんなぁ。家についたらやっぱりテーブルの上にあったよ、伝票。こんちくしょう。

 再びバスと電車二本を乗り継いで御徒町へ。

 そしてレンジ売り場。店員さんに声をかけ、事情を話すと、快く機種変更を了解してくれた。

 新たに選びなおしたT社の製品は店頭になかったので、カタログを出して、「この機種を取り寄せて欲しいのですが」と言うと、店員さん、何故かちょっと難しい顔に。

「これは新製品ですね。」

「……そうみたいですね。」

「新製品の場合、まだうちで取り扱っていない場合があるので、確認してみます。」

 そう言い残すと、店員さんは奥へ消えていった。

 M社のものは新製品も店頭にあるのだが、T社のものは新機種はすぐには入荷しないらしい。家電の専門店ではないので、こういうこともたまにあるのだ。

 祈るような気持ちで待つこと数分。

 店員さんが戻ってきた。

 開口一番「申し訳ありませんが……、」

 ああ。脱力。またしても一から製品の選び直し。またですか。

 

 もうしょうがないので、ヤケクソ気味に店頭に並んでいるものの中から選ぶことになる。

 この際機能なんかどうでもよくなってきた。サイズが入ればもういいっ!

 ようやくS社の製品を選んで、伝票を書き直してもらい、帰途に着くころにはもう日が傾きつつあった。気持ち的にもヘトヘトであった。映画鑑賞の夢、潰えたり。

 

 だがこの話、まだ終わらない。

 

 三日後に無事、電子レンジが配送された。

 ヤケクソ気味に選んだとはいえ、やはり新製品が来るのは嬉しいものである。

 配送業者がセッティングまでやってくれたので、すぐに使えるはずだ。

 早速ドアを開けてみる。ん? なんかグラグラするぞ。

 レンジの足元を見て愕然とする。T社純正レンジ棚は、T社の製品の足の位置に合わせて凸型の鉄板が貼り付けられているのだが、これが新しいS社の製品の足の位置とまるで合わないのだ。よって足の一部が宙に浮いている。

 凸型鉄板の更に上に板を敷くことも考えたが、それをやると、今度は高さが高くなって入らなくなる。

 とはいえ、高熱を発するような機器をグラグラ状態で使う訳にはいかない。

 しばし悩む。悩む。しかしいくら悩んでいても仕方がない。こいつをどうにかしなければ夕飯にありつけないのだ。

 

「うおおっ!」工具箱からトンカチとドライバーとくぎ抜きを引っ張り出した。

 下に張り付いている凸型鉄板を無理やり引き剥がそうと決断したのである。

 だが、鉄板はスポット溶接といって、何箇所かで溶接されたおり、人力で簡単に剥がれるものではない。

 トンカチで力まかせにガンガンひっぱたくがなかなか剥がれない。金属製のレンジ棚なので、反響したものすごい音が家中に響く。なんか、すごいことになってきた。

 そのうちにあちこちが歪んできた。鉄板がとれても、歪みでレンジが安定しなくなる恐れも出てきた。

 そこで作戦変更。電動ドリル、登場。

 スポット溶接された数箇所を、ドリルでえぐって削り取ってしまおうという算段である。

 電動ドリルのウィーンというモーター音がまたもレンジ棚に反響する。おまけに削り取られた細かい鉄粉が当たりに飛び散る。たちまちキッチンの床が鉄粉だらけになっていく。何やってんだ、オレ?

 ドリル作戦は成功して、凸型鉄板はなんとか引き剥がすことが出来た。だが、レンジ棚は傷だらけとなり、おまけに無残に数箇所の穴が開くことになった。

 だか、ようやくこれで安定した状態でレンジが収納できるという訳である。ふう。

 

 さあ、レンジも収納し終わり、いよいよ試運転である。

 このためにわざわざ夕食用に冷めている弁当、翌日の朝食用に冷凍スパゲティーを購入してあったのだ。

 さて、スイッチ・オン。しーん。あれ、動かんじゃないか。

 取扱説明書を見ながらあれこれやってみるが、駄目。ついには「E71」なるエラー表示が出る。

 取扱説明書の「故障かなと思ったら」のページで確認すると、「すぐさま販売店に連絡せよ」とある。

 なんだよそりゃあ。いきなり欠陥商品かよ。

 

 冷や弁当はまだいい。そのまま食べるという選択肢もある。しかし冷凍スパゲティーはレンジなしでどうしろというのだ。裏面の調理方法には、「内袋のままレンジで加熱せよ」としか書いていないというのに!

 結局翌日に多慶屋に連絡。交換してもらうことにする。

 

 さて、これを書いている時点で、まだ新しいレンジは来ていない。

 

 電子レンジ受難物語はまだ続くのか? が、もういい加減に終わってください(それもハッピー・エンドで)、という祈るような気持ちで新品の到着を待っているところである。

 

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