答えがない!?

 オレが住んでいるマンションはまもなく築30年にならんとする古い物件である。

 よって、居住者も50代後半以上の高齢者が殆どだ。何しろ彼らは40代後半のオレのことをつかまえて「若手」などと呼ぶのだから、平均年齢の高さがわかろうというものである。

 だが、そのようにお年寄りが多いにも関わらず、このマンションの住人の多くは管理組合や自治会の活動に非常に熱心に取り組んでいる。

 基本的には管理会社を使っているが、すべてをまかしきるのではなく、半自主管理のような形で、組合費の徴収や予算案・決算はきちんと管理組合が総会で諮った上で運営しているし、修繕なども極力自分達で見積をとって業者を選定したり、あるいは有志を募って自分達自身でやってしまったりと精力的な活動をしている。

 従って、管理費・修繕積立金が安いにもかかわらず、しっかりとした運営で予算を有効に使っているため、近隣の他のマンションからもそのノウハウを学びにくるほどなのである。

 

 管理会社に完全にまかせきりにすると、不必要な工事を定期的に関連会社にやらせるようなことも実際少なくないという話を聞くと、我がマンションは非常に優れた管理体制であると言えよう。

 だが、この熱心さ故に面倒なことも多々あるのも事実なのである。

 

 例えば、清掃費を浮かせるためにと、年4回もの清掃デーなるものが設けられている。

 これは当初、年2回で、内容も掃き掃除程度だったものが、どんどんエスカレートして、今では消火用ホースを使ってフロアや廊下に水をバンバンかけ、デッキブラシでゴシゴシかけ、更にはそれを洗い流す、というような大掛かりなものになってしまった。

 また、この清掃とセットにして春夏は構内の雑草取りも行われるようになり、住民は合わせて2時間位みっちりと労働に奉仕しなければならなくなったのである。

 

 また、この他に秋祭りやもちつき大会もあり、これは名前だけ聞くと楽しげなのであるが、楽しいのは参加する側だけであって、裏方の役員に当たった人は準備から運営、後片付けまで大変な労力を伴うものなのである。

 

 こういった面倒な集団行動はもともと苦手であったオレは、極力関わらないようにしていたのであるが、昨年、やむにやまれず管理組合の役員を引き受ける羽目になって、結局全部の行事に関わらざるを得なくなってしまったのである。

 

 さて、昨年12月のことである。その日は「清掃デー」プラス「もちつき大会」の日であったのであるが、朝から暴風雨だったのである。

 気温も低く、「こんなんで本当にやるんかいな」と思いつつ、役員なので集合時間に下の玄関フロアに降りていくと、既に理事長や自治会長らによって清掃デーは中止ということが決定されていた。

 やれうれしや、と喜んだのも束の間。何ともち米を前夜から水に浸漬してしまっている関係で、もちつき大会は中止にはできず、決行するのだという。

 しかも、集会室かどこかでやるのかと思ったら、あくまでも屋外で強行、ということになっている。集会室は手狭な上に、天井も低いので、杵を振り上げることが出来ないかららしい。

 

 一旦方針が決定すると、そこからの動きは早い。

 オレは呑気に傘を差して出て行ったのだが、周りを見渡してみれば、傘差し姿など一人もおらず、皆フード付きのレインウェアか雨合羽、靴もレインシューズかゴム長の完全防備である。

 そして、すでに指揮系統も役割分担も出来ていて、皆がきびきびと動いているではないか。

 オレは慌てて家に引き返し、改めてレインウェアに着替えてから外に出る。

 

 相変らず雨と風が強いのだが、皆なんらそれに臆することなく準備を進めている。

 もち米を蒸し、杵と臼でつくための場所にテントを張り、風で飛ばないように支柱を構内の外灯の柱に紐で結わいて固定する。

 更には、つきあがったもちを加工するために玄関のエントランス前に巨大なブルーシートをターフのように張る。

 これには玄関前の庇の部分に梯子を駆け、何人かがよじのぼって作業をするのだ。

 「おーい、そっから紐を垂らしてくれ!」

 「そっちの方、もっと引っ張ってくれ!」

 「よーし、そのままもっと上へ持ち上げろ!」

 吹きつける風雨の中、皆が力強く声をかけあって作業を進めていく。まるで嵐に遭遇した船の乗組員のごとくに。

 繰り返すが、皆50代後半以上の高齢者なのである。中には70代の人までいるのだ。何というバイタリティーであろうか。

 しかし、これが嵐の中の船や防災訓練、とかいうのであれば絵になるかもしれないが、あくまでもこれは「もちつき大会」なのだ。ハタから見ればこんなことまでして「もちつき大会」を強行する姿は、異様な光景にしか映らないのではないだろうか。

 

 オレも道具を運んだりテントを張ったりする仕事をせっせと手伝っていたが、だんだんと疲労感がこみ上げてきた。何しろ気温も低く雨にも濡れてかなり寒いのである。

 そこで、あらかたの準備が一段落したところで、悪いけれど室内での会計処理の仕事の方に移らせてもらうことにした(オレは管理組合の会計担当なので、そちらの仕事もしなければならないのであった)。

 だが、他の人々は皆、引き続きもちを蒸してつき始めている。年配の人たちの方がよっぽど元気である。さすがは戦後の混乱を乗り越え、日本の高度成長を支えてきた方々である。オレ達のような軟弱世代とは違うのだ。

 

 こうして、嵐のもちつき大会は無事に終了し、多くの住民にもちがふるまわれた。

 

 さて、話はここで唐突に今年の一月に飛ぶ。

 

 一月には大学入試センター試験が行われる。日本中で数多くの高校生が受けるあの有名なテストだ。

 仕事柄、国語の問題の傾向と対策を知っておく必要があるので、毎年問題が発表されると自分で一通り問題を解いてみるのだが、今年は最初の問題でいきなりハタと手が止まってしまった。

 大問題1の問1は例年漢字の問題が出題されている。

 センター試験は学習指導要領の縛りがあるため、「常用漢字」以外の問題は出題されない。よって、難問奇問の類はなく、基礎的な漢字の力があれば出来る問題となっているので、余程のことがない限り、過去にこれが出来ないということはなかったのだが、今年は……。

 

 さて問題の問1の()である。

 本文中の「コウジョウ的な不安によって……」の「コウ」に傍線が引いてあり、これと同じ字を使う熟語を探し出す、という問題だ。

 「コウジョウ的」は「恒常的」なので「恒」の字を使った熟語を探せばいいというわけだ。

 @「コウレイのもちつき大会を開く」……「高齢」だから×だ。

 A「社会の進歩にコウケンする」……「貢献」だからこれも違う。

 B「地域シンコウの対策を考える」……「振興」で×。

 C「キンコウ状態が破られる」……「均衡」だから×。

 D「病気がショウコウを保つ」……「小康」で×……。レレレ?

 あれれ? どうしたことだろう。@〜Dまで適切な漢字を当てはめたはずなのに正解がない。「恒」の字がどこにもつかわれていないのだ。こんな馬鹿な!

 もう一度@から漢字を当てはめなおしてみるが、間違っているとは思えない。

 それでは「恒常的」が違うのか? とも思ったが、それもおかしい。

 

 しばらく考えてから、ハッとした。基本的な誤りにやっと気付いたのである。

 

 もちろん正解は@なのであるが、オレの頭の中にはあの嵐のもちつき大会のイメージがしっかりと焼きついてしまっており、「恒例のもちつき大会」は、「高齢のもちつき大会」にしか変換されなかったのである。

 

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