騎馬戦今昔
大学時代の後輩が鳥取に住んでいるのだが、つい最近自分の娘の運動会を見るために中学校に足を運んだところ、そのあまりの酷さに憤慨したという内容のメールを送ってきた。
たとえば騎馬戦について。各組で選出された5〜6騎の騎馬が、競技が開始されても誰も動かないのだという。それが放送で促されてようやく前に出ても、基本的に戦わないとか。再度放送で「時間がないから戦え!」と促されても、1〜2騎が鉢巻を奪い合うだけで、他は終始逃げ続けるだけだったとか。それが5回も繰り返されたのだという。
これを読んで何とも奇異な思いにとらわれた。
我が勤務先は公立高校で、ここでも毎年体育祭があって騎馬戦も行われているのだが、基本的に生徒が加熱しすぎてトラブルがしょっちゅうだからである。その為、騎馬戦を行う時は男性教員の殆んどがフィールドに入って反則行為がないかどうかチェックしたり暴走行為を止めたりするので大変な思いをしているのである。
鳥取の方の中学生は心優しくて戦闘行為を好まないのか? とも思ったが、他の競技もパッしなかったとのことなので、何か他に原因があるのかもしれない。
もっとも、年々安全志向が強まる学校現場で、「騎馬」による模擬戦闘行為の競技が生き残っていること事態驚くべきことなのかもしれない。過保護に育てられた世代の子女がこのような野蛮な行為を好まなかったとしても不思議ではないだろう。
自分が高校の時の騎馬戦を思い出しても、やはりトラブルは絶えなかった。特に三学年合同でやっていたので、上級生の横暴が目に余った。一年生で参加した時には上に乗ったシノハラ君が馬を崩された時に落下。そこに勢いに乗った上級生が顔面を踏みつけてきたのである。あまりの反則行為に競技終了後に先生に訴えたのだが、ドサクサの中での出来事なので犯人は特定できず、顔面に靴の跡をつけられた痛々しいシノハラ君は悔しさと怒りで肩を震わせた。
そんな過激なことがあるにも関わらずこのような競技が死滅することなく(中止になった学校も多いが)現在も続いているということは、結局、男というのは潜在的に戦闘行為を好む本能というのを持っているからなのかもしれない。スポーツだってルールによって整備された一種の戦闘の代償行動とも言えるしね。
ただ、暴力は否定されるべきかもしれないが、そのような力を行使するとどうなるか、ということを擬似的に体験しておくことは貴重なことだと思う。そういう経験を小さいうちから経ていないと、いざという時に自分の身を守ることが容易にできないし、逆に自分の力に制御が利かず必要以上に相手を傷つけてしまうことにもつながるからだ。
ただ、あくまでもそれはルールによってある程度の安全が確保されていなければならない、この点は強調しておきたい。
何故かと言うと、大学の時にとんでもない騎馬戦を経験しているからだ。
大学一年の時に、体育祭があった。授業の一環として行うのでもちろん強制参加である。
その中に騎馬戦もあり、何も知らなかったオレは同級生の友人と組んで普通に参加したのである。
いざ、フィールドに出てみると、異様な点に気がついた。運動部に所属している学生は基本的にその部のユニフォームを着て参加しているのだが、空手着・柔道着・合気道着といった「道着」関係の人々がやたらと多いのだ。
そして、競技開始のピストルが鳴ると同時に、驚くべき光景が目の前に展開した。
なんと、いきなり何騎かの騎馬が解体して、「歩兵」部隊としてこっちに突入してきたのである。見れば、味方側も同じように騎馬をばらして個人で突撃している部隊がいる。
「なんだなんだ」と訳がわからず狼狽している我々に、道着を身に着けた空手部員とおぼしき男が突っ込んできて蹴りを放ち、あっという間に騎馬は崩れた。
騎馬が崩れたので、そこで我々はリタイアだからと気を抜いてゆっくり立ち上がったら、背中を向けてその場を去るかのように見えた空手部員がいきなり後ろ向きに蹴りを放ってきた。空手で言う後ろ蹴りである。突然のことだったが、当時はまだ若くて反射神経もしっかりしていたので、とっさにその蹴りを両手でガードして防ぐことが出来た(今だったら無理かも)。ガードしなかったらみぞおちを直撃していたところだった。
そして改めて周囲を見回して驚愕とした。空手・柔道・合気道・少林寺拳法といった道着姿の男達があちらこちらでそれぞれの技を駆使して異種格闘技戦を展開しているのである。騎馬もへったくれもない。皆本気で殴りあっているのだ。
そんな調子だから、競技終了の合図があっても戦闘行為がそう簡単に治まらない。大学職員が数箇所で両者を引き剥がすようにしてやっとのことでこの過激な競技は終わったのである。
この時のことを当時大学で属していたサークルの先輩達に話したところ、「えっ、お前あれに出たのか!?」と呆れられた。
先輩達の話によれば、あの騎馬戦は主として格闘技系の部員が日ごろ鍛えた鉄拳がどれだけ人体に通じるかを試すために行われている、というのがもっぱらの噂だとか。そんなのありかヨォ。その噂を事前に知っていた先輩達は当然のことながら騎馬戦はうまく逃走して参加しなかったとのこと。オレが怪我をしなかったのは奇跡かもしれない。
そんな昔のことを思い出しながら、今思う。最初に書いた鳥取の中学生達が、まともな騎馬戦を体験しないままに成長し、やがて大学生になり、いきなり体育祭であのようなハードな騎馬戦に参加させられたら、怪我をするだけではなく、下手すりゃ死ぬぞ、と。
もっとも、大学がいまだにあのような馬鹿げた騎馬戦を今もって行っていればの話ではあるが。