史上最凶電話営業男現る

 それはごく普通の土曜日の午後のことであった。

 電話の着信音が鳴ったので、電話機の子機のところまで行って液晶ディスプレイを見ると、ナンバーディスプレイサービスが「ヒツウチ」を告げている。

 「ヒツウチ」というのは、相手が自分の電話番号を知らせたくない、という意思表示をしているということである。したがって通常はまともな電話でないことが多い。

 ところが困ったことに、まともな電話でも「ヒツウチ」でかかってくることがある。友人知己の類なのだが、「どうして非通知にしているんですか」とそれとなく聞くと、「どうしてそうなるのか設定そのものがよくわからない」という返事が帰ってくる。まいったな。

 

 そういう訳で、その日も「ヒツウチ」ではあるが受話器をとったのだが、これがまずかった。

 「私は株式会社宇宙企画のカワサキというものですが……」

 で、なかなか用件を言わない。こちらから用件をせかすと、マンション経営による資産運用のご案内、ということらしい。

 この手のセールスは珍しくないので、丁重にお断りした。

 私も営業の仕事をしていたことがあるので、セールス電話の大変さはわかるし、何しろ向こうはこちらの電話番号をはじめとする個人情報を持っているので、変に恨みを買ってもいやなので、いつも私はなるべく相手が気持ちよく諦めてくれるような言い回しをする。で、実際今までそれで大抵うまくいっていた。

 

 が、その日は違った。そのカワサキはさも諦めるようなそぶりで「最後に一点だけいいですか」というので、こちらも「ええ」と相槌を打つと、「マンション経営によるメリットはなんだと思いますか」などと説明を求めてくるのである。そんな説明する意思はないことを告げると、「一点いいですかと聞いたら、確かにいいと返事をしました」などと難癖つけてくるのである。「あなたとこれ以上話をするつもりはない」と言っても、「電話を切っても何度でもまたかけますよ」などと言い出す。こんな失礼なセールス電話は始めてである。おまけに「いいと返事をしたのにその責任を果たさないということですか。そういうのが許されるのならば、こちらも同じように何をやってもいいということになりますよね」「何をやってもかまわないんですね」などと言い出す。「あなたそれは恐喝ですか」「いいえ、恐喝じゃありませんよ」などと埒があかない。

 ここに至ってカワサキの異常性に気が付き始めた。営業マンが粘るのは、相手に購入の可能性があるからであって、議論をすることや怒らせること、ましてや相手を恫喝することなど論外である。そもそも目的がない。

 

 カワサキはあくまで「マンション経営によるメリット」を話せ、と狂ったように延々とまくしたてる。

 いい加減こちらもすでにブチ切れていたのだが、そのうちに妙なことに気付いた。

 カワサキが電話で何かしゃべる前に、全く同じ台詞がカワサキの電話口の後から聞こえてくるのである。

 「(そういう応対をなさるんですね)そういう応対をなさるんですね。(ということはこっちも同じことをやってもいいと言う訳なんですね)ということはこっちも同じことをやってもいいと言う訳なんですね。」

 カワサキの声は後方の声を忠実に真似ていた。

 「(……研修だ)」。即座に了解した私は、すぐに電話を切った。もちろん電話は二度とかかってこなかった。

 営業電話を兼ねた新人教育だったのだ。こともあろうに人の家で研修をやっていた訳である。

 当然のことながらまっとうな会社ではないのだろう。恫喝まがいのことをまくしたて、相手に無理やり面会の機会を作り、後は同じように強行に契約を迫り、気の弱い人は結局折れて、最後は泣き寝入り……。そういうタイプの商売の企業なのだろう。

 

 実に不愉快な気分で受話器を戻し、ため息をついていると、カミさんが、「あなたはいつも丁寧な対応をするからいけない」などと言う。んもう、人の気も知らないで……。

 でも確かに今回のような異常な相手には正攻法では通じないということはわかった。相手に恨まれずに諦めさせるために、次回からは作戦「アホでいく」しかないかな、なんて思う。

 「分譲ワンルームマンション購入による資産運用のご案内ですが……」

 「ハラヒレホレハレホレ〜」

 

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