続・酩酊自転車懺悔録

 酔っ払うと、同時に眠くなってもくる。

 そこで、出先で酔っ払って自転車で帰る時に足取りがおぼつかない場合は、思い切って眠ってしまう、という妙手を編み出した。

 もちろん寝るといっても、ホテル等に泊まるわけではない。公園のベンチなどで自転車を止め、仮眠をとるのである。

 一眠りすればたいてい酔いも落ち着き、眠気にも一区切りが付いてすっきりとして安全に帰れることができるので、これは一石二鳥のいいアイディアだと思った。

 公園がない時には、土手で寝ころぶ、という方法もあった。

 

 既に教員の仕事についてからのことであるが、この土手で寝ていた時に、生徒に起こされるという椿事があった。

 おそらく彼等は夜遊びをしていたのであろう(それなりの生徒であった)。そして、たまたま土手に倒れている人物を見たら、自分達が教わっている高校の先生だったという訳である。そこで恐る恐る近づいて起こしたらしい。

「……だいじょうぶですか」

「う、うーん、ああ、大丈夫だよ。」

「先生ですよね。」

「そうだよ。」

 彼等は前夜の出来事が半信半疑だったのか、翌日、改めて学校で聞いてきた。

「先生、昨日の夜、土手で寝ていませんでしたか?」

「ああ、寝ていたよ。起こしてくれたのは君だったのか。」

「……何であんなところで寝てたんですか?」

「眠かったからだ」

「……」

 それ以来しばらくの間、生徒の間では「土手で寝ていた先生」ということで有名になった。

 

 さて、酩酊自転車はそんな笑い話みたいなことばかりではすまず、やがて最も恐ろしくかつ危険な一夜を迎えることとなる。

 それは東京駅からの帰り道だ。若さ故の無謀さに今考えてもゾッとする。

 まだ八重洲に伝説のビアホール、「灘コロンビア」があった頃のことである。何でそんなところまで自転車で行ったのか、今となっては思い出せない。何かついでの用事でもあったのだろう。

 いつものように調子に乗って「灘コロ」でしこたま飲んで、例によってフラフラ運転で帰ろうとしてしばらく進んだ時である。

 ブツン。

 嫌な感触がしてブレーキの手ごたえがなくなった。なんと、前輪のブレーキワイヤーが切れたのだ。以前から切れかかってはいたのだが、よりによって最悪のタイミングで切れてしまったのである。

 ちょうど皇居の脇まで来ていた。こんなところではいつもの仮眠作戦は使えないし、自転車を置いていくことも出来ない。かといって、ここから家までは押して帰れる距離ではない。相変わらずフラフラの酩酊状態であるし、いったいどうしたらいいのか?

 自転車で長距離を移動することは多いので、一応、工具類は一揃い持ち歩いている。しかし、切れたワイヤーを修復する手段などない。せいぜい後輪のブレーキの利きをよくする位である。

 にもかかわらず、酔っ払い頭は迷わず工具を引っ張り出し、修理を始めてしまったのである。

 

 それから、数分かの後である。目の前にバラバラッと何かが落ちたので、ハッと我に帰った。

 どうもまた酔いでボーッとしていたらしい。

 改めて自分の手元を見てガクゼンとした。酔っ払った自分は、無意識のままに工具を使って、なんとブレーキを解体していたのである。目の前に落ちたのは車体からこぼれ落ちたブレーキのパーツであった。

 何をやっておるのだ、オレは! さすがに愕然とした。なにしろ、ブレーキの壊れた自転車がブレーキのない自転車となってしまったのである。

 相変らず酔いでモウロウとする状態ではあったが、とんでもない事態になっていることはわかった。あわてて、オレは何度も何度も深呼吸をした。そして、改めて地面に散らばったパーツを拾い集めた。パーツが一つでも見つからなければそれでアウトなのだ。

 

 必死になるというのはスゴイもんで、その後、酔っ払い頭は何とかブレーキを元の通りに組み上げたのである。しかし、依然として前輪のワイヤーが切れてしまっていることには変わりない。仕方なく自転車を押してトボトボと歩き始めた。ところが悪いときには悪いことが重なるもので、雨がシトシト降ってきたのである。少しでも早く家にたどり着かなければグショグショになってしまう。

 幸か不幸か先ほどのアクシデントで多少正気を取り戻していた。よし。もはや行くしかない。

 意を決し、再び自転車に乗ったのである。だが、後輪しかないブレーキは、雨に濡れてますます利きが悪くなっていた。それでも雨の夜、家に向かって、ひたすらペダルを漕いで進んだ。

 もちろん、ちょっとでも気を抜くとすぐにいつものフラフラ蛇行運転となってしまう。しかも今回はそれだけではない。前方の信号が赤になるといつもの習慣で普通にブレーキをかけて止めようとしてしまうのだが、前輪のブレーキレバーはスカッとむなしく空振りするだけだし、後輪ブレーキも殆ど利かないのである。こうなるともうペダルから足を下ろして、両足を地面にこすりつけて止めるしかない。

 この恐怖感はへたな絶叫マシンの比ではないだろう。しかも、自宅までの長い道のりの間、それが幾度となく繰り返されるのである!

 

 今も思う。よくぞ生きて帰れた、と。

 自宅に帰り着いて自転車から降りた時には、それまでの緊張と恐怖と疲労とから足がヘナヘナとなって地面に倒れそうになった。そして深く深く反省した。

 それ以降、あらかじめ外で飲むことがわかっている場合は、自転車で出かけていくなどという無謀なことはやめた。

 え? それ以前に、酩酊するまで飲まずに適量でセーブすることの方が先決だろって? それは確かにそうなんだが、うーん、なかなか……。

 

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