酩酊自転車懺悔録
最近は自転車の取締りがきびしくなった。自転車事故が増えているせいであろう。
確かにマナーを守らない自転車は危険なのである。よくわかる。実際に、歩道を子連れで歩いている時に自転車が猛スピードですれ違ったりすると怖い。
更に、酔払い運転も厳しく指導するという。
確かに自転車でも酔いが度を越すと危険なのである。よくわかる。実際に……、えーと、これは運転したことがあるので……もう時効だから書いてもいいだろう。さすがに最近は年をとって悔い改めたし。
若い頃はけっこうどこへでも自転車で出かけていき、なおかつその出先で平気で酒をガンガン飲み、そのまま酩酊しつつも自転車に乗って帰ることが珍しくなかった。
酔いがひどくなると、まっすぐ運転できなくなる。すぐにくねくねと曲がってあちこちにぶつかってしまうのだ。しかし酔っ払っているから、すぐさままた同じパターンの行動を繰り返す。酔っ払いは反省や改善という思考とは無縁なのだ。
すなわち、乗る。進む。激突。進む。激突。進む。激突。転倒。乗る。進む……嗚呼。
一度、そのフラフラ運転をしている時に、警官につかまりそうになったことがある。
例によって公園をフラフラ運転している時、背後からいきなり制止するよう声をかけられたのである。
声の主が警官であることは何となくわかったのだが、何しろ威圧的な口調であったし、こっちも酔っ払っているという負い目がある。時間も遅いからこれから署まで連行、ということになるとどうにも面倒だ。そこで酔っ払い頭は「ずらかろう」と考えたのである。
当時はまだ20代前半。体重も軽く自転車を漕ぐ脚力には自信があった。声をかけた警官からはまだ距離がありそうだし、その場からロケットのように加速すれば、逃げ切れる自信はあった。辺りは暗いので、その場に個人を特定できるような証拠を残すこともないだろう。
そこでエイヤッとペダルに力を込めた。しかし、当然のことながら酔っ払っているのであっちへぐにゃり、こっちへぐにゃりとジグザグにしか進まないのだ。これではロケットどころかネズミ花火である。
「あっ、コラッ、待て!」
警官は猛然と追ってきた。逃走した時点で、公務執行妨害で更に罪は重くなっている。もう逃げ切るっきゃない。しかし、ぐにゃりぐにゃり。
あっと言う間に追いつかれる。
遂に警官は自転車の後の荷台に手をかけ、自転車を止めようとした。しかし、酔っているというのは恐ろしいもので、そのままスピードを上げて振り切ろうとしたのだ(車じゃあるまいし)、だが、後をつかまれたぐにゃぐにゃ自転車がそれ以上前進できるはずもなく、あっさり御用となった。
「オイッ、コラッ、何で逃げた!」
相当に怒っていらっしゃる(当然だ)。ここは平身低頭だ。しかし、正直に言ったら許してくれないだろうなぁと思い、
「ああっ、お巡りさんだったんですか!」
と、さも意外だ、という顔をする。
「何だと!?」
「誰か突然怖い人が声をかけて、追っかけてきたから、必死に逃げたんです。」
警官は半信半疑のまなざしだ。
「真っ暗で誰だかわからなかったんです。本当に怖かったんです。すいませんすいません。」
「あのなあ……」
警官は呆れたという顔をしている。トンマな酔っ払いだと思ったのだろう。もうこの際トンマでもマントでも許してくれるのならそれでいい。こんな夜更けに連行はまっぴらなのだ。後はもうひたすら謝り続ける。
「すいませんすいませんごめんなさいごめんなさい」
辺りが暗かったのは事実であるし、自転車も防犯登録済であることもわかった。酔っ払い運転以外は特に悪いことをしている訳でもなかったので、警官は呆れつつもどうにか許してくれた。
「気をつけて運転しなさい。」
「はい。どうもご迷惑をおかけしました。」
今だったらこんな寛大な処置ではすまないだろう。当時は今より世の中全体がもっとおおらかだったのかもしれない。
しかし、それをいいことに、その後も酩酊自転車は更なる暴走を繰り返してしまったのである。ごめんなさいごめんなさい。
(この項つづく)