これでいいのか

 結婚して子供が出来た時、カミさんに、

「俺の理想の父親像は、星一徹とバカボンのパパを足して2で割ったような存在だ」と言ったら、変な顔をされた。

 彼女が言うに、「星一徹」はまだわかるとしても、「バカボンのパパ」が理想というのはとても理解できない、とのこと。

 どうも、バカボンのパパというキャラクターは、ひたすらヘンなことを言い、ヘンなことを行う、ただヘンなだけのオジサンだと思われているらしい。

 このような見方はうちのカミさんに限らず、ある程度より若い世代に共通してもたれているイメージのように思える。若い世代に聞くとだいたい同じような反応が返って来るからだ。

 何故世代で印象が異なるのか。その理由はずばりテレビアニメの「天才バカボン」を観たか観ていないかの差によるものであろう。

 

 テレビアニメの「天才バカボン」は、この作品の後も「元祖天才バカボン」「平成天才バカボン」「レレレの天才バカボン」と間をおいてシリーズ化されていったのであるが、最初の「天才バカボン」と後の作品とでは、まるっきり作風が異なるのである。世界観が違うと言ってもいいほどだ。

 後の作品群に出てくるバカボンのパパは、確かに奇抜な言動だけが目立つヘンなオジさんであり、番組はたいていこのパパと他の変な登場人物がおりなすギャグだけの単純な内容となっていて、他の主要人物であるはずの――ハジメちゃんやママや、あのバカボンでさえも、その添え物(!)にすぎない扱いになっているのだ。だから、これらの作品だけを見て育った人には、前述のようなバカボンのパパ像が定着するのはやむをえないのである。

 ちょうど「巨人の星」の星一徹が、原作やアニメでは家族を思う深い愛情を持った父親としてちゃんと描かれているにもかかわらず、メディアでは単なる癇癪持ちのスパルタ親父のように扱われ続け、多くの人がそのような印象を持つようになってしまったのと同じような錯誤がここにもある。

 

 第一シリーズの「天才バカボン」は、単なるギャグ一辺倒のマンガではない。もちろんハチャメチャ・ドタバタはある。だがそれと同時に、登場人物達の夫婦愛・親子愛・家族愛・友情といった要素が、作品の随所にちりばめられているのだ。そのため、見終わった後にほのぼのとした感動を与えられる話も少なくない。そこには、間違いなく俺が理想の父親と感じた、子供思い(その表現方法にかなり極端な言動があったとしても)のバカボンのパパ像がしっかりと描かれている。

 ただ、残念なことにこの第一シリーズの「天才バカボン」は、10年以上前にVHS化された以降、全く再映像化されていないのだ。もちろん地上波で再放送されることも絶無である。更に、ここ数年それ以降の「バカボン」シリーズが続々とDVD化されているのと対照的に、いつまでたってもDVD化の話も聞かない。もしかしたら元映像が紛失してしまったのではないかと思えるほどだ。

 それゆえヒューマン・タッチのバカボンのパパ像は人々の記憶から消え去り、前述のような、誤った(?)ヘンなバカボンのパパ像しか知られていないのは残念な話である。

 

 なんとかこの「天才バカボン」の映像を手元に置いておきたい、折に触れて観てみたい、出来れば我が子にも見せてやりたい、とずっと思ってはいた。だが、このような理由で、セルビデオがもはや店頭にない以上、所詮はかなわぬ夢である、とずっと諦めていた。

 ところが最近、近所のレンタルビデオ屋に、この「天才バカボン」のビデオがあることがわかり、にわかに事態は一変した。

 これぞ千載一遇のチャンス、全巻を借りてDVD化しようと決意したのである。そして、早速1巻から順にレンタルしていくことにした。

 もちろんこれをただダビングしようとしても、セルビデオだから当然「マクロビジョン」というコピー・ガードがかかっている。だが、我が家にはかつて秋葉原の怪しげな店で購入した「画像安定装置」なるものがあり、これを通すことによって、画像が安定しちゃうのである。詳しくは書けないが、まあ、そういうことである。

 こうして、「天才バカボン」のDVD化計画は順調に進行していった。だが、思わぬところで暗礁に乗り上げた。

 いつまでたってもビデオ屋に4巻と7巻が戻らないのである。最初は誰か他の人が借りっぱなしになっているものとばかり思っていたのだが、どうやら紛失したままになっているらしいことが判明した。セルビデオの在庫がもう無い以上、補充されることはありえないであろう。

 しかし、ここまで来た以上はなんとか最後まで揃えたい。特に第7巻は好きな話が多いのだ。

 

 という訳で、最後の手段、ネット・オークションに頼ることにした。

 全巻揃ったセットだと高値になってしまっているので、歯抜けで売り出されていて、なおかつ4巻と7巻を含んでいるものが狙いだった。

 条件としてはかなり厳しい、というかわがままな要求であったのだが、けっこうレンタル落ちの製品がオークションに出されることが多く、こまめにチェックしていたら、3巻〜8巻までがセットで出されているのを発見した。スタートは2,000円。「よし」とばかりにこれにチャレンジした。

 早めに入札すると終了までに値がつり上がる可能性があるので、わざと終了時刻が間近くなってから入札した。ところが、やはりこの商品を狙っている対抗相手がいたらしく、すぐに最高値が更新されたのだ。負けじとこちらも更新するが、あくまでも競ってくるのである。しかもこの時のオークションは何故か自動延長になっていて、最高値が更新されると、終了時刻も延長されてしまうのである。そのため、いつまでたってもキリがないのだ。この時は、双方で価格を上げていくうちにだんだんイヤになってきて、5,000円を越えたところで諦めた。このまま続ければ幾らになるかわからない。いくらなんでもレンタル落ちビデオに5,000円以上は高すぎる。次のチャンスを待った方が懸命だと判断したのである。

 果たせるかな、すぐに次のチャンスが巡ってきた。今度は4・6・7・8の4巻セットが1,500円で出ていたのである。これは1,500円の入札者がいたものの、終了間際に1,600円で入札したら、それですぐ終了した。やっとゲットした訳である。バンザーイ。

 取り引きはスムーズに進み、ビデオ4巻セットは無事に我が家に届いた。そしてすぐに4巻と7巻をDVD化し、めでたく「天才バカボン」全巻のDVD化が完了したのである。

 思えば長い道のりであった。けれども、苦労の甲斐あって、遂にDVD版「天才バカボン」全巻が今手元に揃ったのである。「この映像をDVDで所有している人間は、日本広しといえどもそう多くはないだろう。ムフフフ。」そう信じ、しばらくは達成感で上機嫌となった。

 

 だが――。

 昨年の年末のことである。バスに乗っていて、何気に車内に貼ってある広告に目が留まったのである。そこにはバカボンのパパ・ママ・バカボン・ハジメの四人が立っているイラスト。

「何かのキャンペーン・キャラクターにこの一家が採用されたのかな」と、目を近づけてみると……、

 愕然。「天才バカボン」のDVDボックス発売の告知であった。全身からヘナヘナと力が抜ける思いであった。思えばバカボン全巻DVD化がなってから一ヶ月半しか経っていない。

「2007年1月26日発売」と書いてある。画質は我が家のダビングものより当然きれいだろうし、特典映像もあるだろうから、購入することになるだろう。しかし、しかしである。発売するのであれば、もっと早くから宣伝していてくれれば! せめて半年早く知っていれば! こんなことがあっていいのか。

 喜んでいいのか悲しんでいいのか、心中複雑な我が目に映ったのは、次の一言だった。

 白地にバカボン一家の四人がプリントされただけのそのシンプルな広告には、あまりにも有名なあのバカボンのパパの名台詞がただ一言だけ書かれていたのである。すなわちいわく、

「これでいいのだ。」

 

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