戦力外通知
この欄をたまに読んでくれている知人から、「最近暗い話題が多いぞ」と先日指摘された。
言われてみれば確かにそうかもしれない。けれども、今回もまた暗い話になりそうなのである。なぜなら健康診断のことを書くからだ。
年に一度、職場で定期健康診断が実施されるのだが、それが今年もあったのだ。
前日は夜9時以降飲食禁止なのだが、当日は通常通りに出勤・勤務があるので、当然のことながら飲まず喰わずで仕事に突入することになる。それで忙しい合間をぬって検査を受けるのだからひどくあわただしい。そのためか、受けないですませてしまう職員も少なくない。そういう人の中には自分で人間ドックに行くまめな人もいるが、面倒だからとほったらかしにしてしまう人も多い。
元来俺は面倒くさがり屋なのだが、それでもこの定期健康診断だけはきちんと毎年受けているのである。というのも、ほぼ毎日のようにサケを飲んでおり、休肝日は年に数回きり、という過酷な労働条件を主として肝臓方面に強いているので、せめてそれ位の心がけはもたねばと思っているのだ。
検査の結果は書類で配付されるのだが、数値が一定の基準を越えている場合にはその項目に「要観察」というハンコが押されて戻ってくる。その場合は「気をつけなさいよ」ということである。健康診断を受け始めた最初の頃は、肝臓関係でよくこのハンコが押されて戻ってきた。もっともそれによって生活を改善しよう、という殊勝な気持ちにはならなかったのだが。
確か二十代の終わりの頃だと思うが、初めて「要精検」というハンコが押されてきた。それと同時に「二次健診の案内」という書類も同封されていた。数値が更なる基準値を越えたのだ。おおっ。
以前に二次健診の結果を受け取ったことのある同僚に見せると、「ついに仲間になったか」と心から嬉しそうに言った。彼はその年も二次健診だったのである。
二次健診は出張扱いになる上、病院までの交通費も支給されるという。ありがたい話である。
その同僚とともに指定された日に病院へ行き、二次健診を受けた。そして勤務時間が終わるのを見計らって、「検査が終われば天下御免だ」とばかりに近くの定食屋に入って、ビールを飲んだ。思えば、まだまだ当時は元気だったのである。
「要精検」で二次健診に引っかかることはずっと毎年続いた。その後、所帯を持ったりして確実に酒量は減っていったのであるが、検査の結果はなぜかそんなに大差はなかったのである。
三十代の半ば頃だったと思う。それまで見たことのないハンコが押されてきたのは。それは「要医療」というものであった。そして、それはいつも二次健診でひっかかっていた肝臓方面ではなく、「尿酸値」という項目でであり、予期せぬ伏兵であった。
ふと気がつくと、いつも同封されていた「二次健診の案内」が入っていない。
不思議に思って管理職に聞きに行くと、意外な事実を知らされた。
二次健診が義務付けられている「要精検」よりも、更に数値が悪い「要医療」の場合は、各自で勝手に医者に行って診てもらえ、ということなのだという。出張扱いにもならないから交通費も支給されないし、勤務時間内に行くのであれば有給休暇をとれとのこと。
ガクゼンとした。病の程度がひどい方がケアが低くなるのである。というよりも、二次健診にひっかかる程度ならば職場できちんと面倒をみてあげるけど、それよりもっと悪くなった場合にはもう知らんもんね、そんなヤツはもうどうなっていいから勝手にしなさいね、という「戦力外通知」を受け取ったみたいなものなのだ。
二次健診が手厚かっただけに、この処置は哀しくかつ虚しかった。
結局、面倒なこともあって、その年は病院には行かずじまいになってしまった。
それ以来今日まで、ずっと毎年「尿酸値」の数値は「要医療」が出続けている。
友人が患ったことがあるので、尿酸によって引き起こされる「通風」の恐ろしさはわかっているが、あいかわらず医者にも行っていない。実際に日常生活になんらかの形で支障がでないと、なかなか人間その気にはならないものである。
ハンコを押される項目は若いときより増える傾向にある。多い時では全部で6項目にチェックが入っていた年もあった。また、「尿酸値」以外でも「総コレステロール値」で「要医療」が出た年もあった。全般的に数値は高止まりで、今年の検査結果にも期待が持てる……じゃなくて持てない。株価の上下を見ては一喜一憂する個人投資家の気持ちというのはこういうものだろうか、と想像してみる。同じ「高値安定」でもえらい違いだが。