フィリップス・シェーバー

 家族ぐるみで付き合いのある知人の家に泊まった時のことである。そこの家のご主人が、朝、髭をシェーバーで剃りながら、「髭剃りはどんなのを使ってます?」と聞いてきた。

 家で使っているのはセイコーの刃が横に細かくスライドして剃るタイプのものなので、その旨を告げると、「今度新しくフィリップスのシェーバーを買ったんだけど、今ひとつ深剃りが利かないんですよねー」と、ご主人はシェーバーをアゴの周りで何度も動かしながら言った。見ると、確かに独特の刃の形状を持ったフィリップス・シェーバーだ。

「そうそう。フィリップス! 俺も買ったことあるんですよ、フィリップス。あの宣伝に惹かれて。」

「ああ、あれね。」

「あの回転する二枚刃で、一枚目が髭を引き出し、二枚目で深く剃るという……」

「でも実際に使ってみると……」

「スライド式の方がよっぽど深剃りが利くんですよね。」

「そうなんですよー。でも刃は普通のシェーバーより長持ちするらしいですね。」

「うん。そうらしいですね。刃が独特の形状ですから。確かにスライド式のは2年くらいで外刃に穴が開いちゃったりするんだよなぁ。」

 という訳で、その後ひとしきりシェーバーの話で盛り上がってしまった。

 

 初めて使ったシェーバーは、やはり刃がスライドするタイプのものだった。確か日立製で、性能も良かったし使いやすかったので、刃を何度も取り替えて長く愛用していた。でも、やがて電気系統の方が故障してしまったらしく、全く動かなくなってしまったので、新しいシェーバーに買い換えることとした。

 その時に購入したのがフィリップス・シェーバーであった。宣伝のこともあったし、電器屋の店員も一押しだったのである。
 なんでも独特の形状の回転刃を2ないし3ヘッド備えたフィリップス・シェーバーは、深剃りが利くだけでなく、肌も傷めないのだという。デザイン的にも他のメーカーのそれとは一線を画していて、いかにも海外のメーカーらしい独特の風格さえ感じられた(ライセンス生産なのか実際は日本製なのだったが)。

 既に書いたように、実際に使ってみてガッカリしたのは、スライド式に比べると深剃りが利かないことだった。また、剃る時間も思ったよりもかかるのである。スライド式のように一回で「ジャリジャリジャリッ」といってくれず、何度も同じところを往復させねばならない。これは忙しい朝に使うことを考えると困った話だ。

 そういう訳でどうしてもこのシェーバーが好きになれず、とうとうスライド式のパナソニックのシェーバーを新たに買い求め、早々にこの新品シェーバーはお蔵入りすることとなってしまったのである。

 

 知人の家から帰ってきて、懐かしさもあって久しぶりにフィリップス・シェーバーを引っ張り出してきてみた。殆ど使用していないので新品同様である。保証書の日付を見たら、購入したのは1992年の12月。今から実に14年前である。

 久々に使ってみようと思い、電源コードをつなぐ。最近の水洗いが出来る製品は感電防止のためコードがつながっているときは使用できないようになっているのだが、この製品は昔のものなので交流電流でも使用できるのだ。この方がバッテリーが切れてしまった時でも使えるので便利である。

 電源コードをつないだら、液晶表示が充電状態を表示し始めた。そうだった。この製品はバッテリーの残量が液晶で表示されるのであった。とても今から14年前の製品とは思えない完成度である。

 なんだかワクワクしてきて、フル充電してから使用することとする。

 さて、充電完了後、スイッチを入れると、十年以上使用していなかったにもかかわらず、ちゃんと作動した。うーむ、さすがフィリップス。で、早速髭を剃ってみる。

 なんと、けっこう剃り心地がいいではないか! もちろんいつも使っているスライド式のシェーバーに比べると、深剃りという点ではやはり及ばないものの、使用感はかなりいいのである。アゴの下や頬の近くの毛などは、スライド式のものよりちゃんと剃れるくらいだ。

 これはどうしたことなのだろう? と訝った。記憶の中の使い心地とかなり違っているのである。

 

 ふと、以前に床屋が言っていたことを思い出した。髪の毛も年をとると元気がなくなるのだ、ということを。

 若い頃はピンとしていてなかなかセットしづらかった髪の人が、年齢とともに髪に力がなくなって容易にセットできるようになるのだと、俺の髪をいじりながらなじみの床屋が話してくれたことがあったのである。

 髭も髪も同じなのであろう。若い頃は力があった髭は、ツンと毛穴から立ってスライド式シェーバーの刃の穴に容易に入って剃られていたのであろう。それが年をとって、知らない間にヘナヘナとした髭になって穴に入りづらく剃られにくくなっていたのかもしれない。

 だが、フィリップスはもともとクセ毛にも強い刃の形状なので、それで今回うまく剃れた、ということなのであろう。

 

 という訳で、フィリップス・シェーバーは14年前振りに現役に返り咲くこととなった。

 そのこと自体は大変めでたいことである。が、それと同時にこんな形で我が身の老化を自覚することになろうとは。うーん、ちょっと複雑な気分だ。

 

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