AV家電難民
最近になって、家に二台あるブラウン管テレビのうちの一台が壊れた。それで新しいのを購入しなければならなくなったのだが、どうせだからと地上波デジタル対応の液晶テレビを購入した。
メーカーはパナソニック。現在使っているHDD&DVDプレーヤーの使い勝手がなかなかいいので、同じメーカーのものにしたのだ。
大学時代の後輩にメールで薄型テレビを購入したことを簡単に報告したら、「液晶かプラズマか、メーカーはどこか」といった質問の後、「家電パソコン関係で負け組チョイスが多い○○さん(俺の名)なので、先行きが不安」と結んであった。
この「負け組チョイス」という言葉に「うぐっ」と来た。「こんちくしょう」と思った。
壊れた古いテレビはAVアンプを核として、様々なAV機器に接続して相互ダビングが可能なように接続してあった。ここからテレビをどかして、今までリビングで使っていたブラウン管テレビをここに移動。リビングに新しい液晶テレビを設置、というかなり大掛かりな引越しを行ったのだが、相当に疲れた。肉体的に重くて疲れた、というのもあるが、精神的にもかなりぐったり来たのである。
昔からAV関係(ここでの「AV」というのはもちろんオーディオ・ヴィジュアルの方である!)に関心が強かったのであるが、使用する機器には色々と頭を悩ませてきた。
音楽を聴く主力機器は、昔はレコードとアナログカセット(いわゆる「カセットテープ」)の二つしかなかった。高音質のオープン・リールテープというものもあったが、使用者はマニアに限られていた。もちろん映像を保存・再生できる民生用ビデオ機器類など存在しなかった。
今思えば、平和な時代であった。
その後、音質重視のL(エル)カセットや小型レコーダー用のマイクロカセット等も登場したが、これらは用途や使用者がある程度絞られていたため、多くの人がそれに乗り換える、ということはなかったし、その必要もなかった。
ところが、「次世代」と銘打ってDAT(デジタル・オーディオ・テープ)が登場した頃から様相が変わってきた。
なにしろ「次世代」なのである。世代が変わって今度は皆この規格になり、古いアナログカセットは消えていくというのである。当時のオーディオ雑誌はこぞってそう書きたてた。
「そうかそうか、それじゃあこうしちゃあいられない」とばかりに、DATデッキの値段が下がるのを待って購入。その高音質と高性能の「次世代」規格を手に入れ満足した。
……が。そのすぐ後に今度はDCC(デジタル・コンパクト・カセット)というのが登場した。アナログカセットを開発したオランダのフィリップスというメーカーが開発。これは従来のアナログカセットも再生できるという。「これこそが次世代カセットだ」と、またしてもオーディオ雑誌は礼賛。……おいっ!
それどころか、DATに力を入れていたはずのソニーがMD(ミニ・ディスク)という独自規格を発表、DCCに真っ向から対抗し始めたのである。
DATやDCCのテープと違って、MDはランダムアクセスが可能な上にコンパクト設計。需要はぐんぐん伸びていった。一方でそれと平行してDATはどんどん下火に。
時代の趨勢には逆らえず、やむを得ずMDデッキを購入したが、DATテープがある以上DATデッキは手放せない。同様の理由でアナログカセットのデッキも。
しかし今現在、録音メディアの主役はMDからフラッシュメモリーやハードディスクへと移行しつつある。
オーディオだけでもこのありさまなのに、これにビデオも加わるともっと悲惨だ。
そもそも最初に導入したビデオがソニー開発のベータマックス。性能でこそ対抗馬のVHSに勝っていたもの、普及率で勝てずに敗退。
VHD(ビクターが開発したビデオディスク)こそ手を出さなかったものの、LD(レーザーディスク)はVHSよりもソフトの価格が安くて映像も高画質、しかも光学式なのでソフトは劣化なく永久保存、そんなコマーシャル文句にまたも乗せられて導入(嗚呼)。
せっせとLDのソフトを買い揃えていったのだが、いくらソフトの保存性が高くても、ハードが生産されなくなってしまったらオシマイ、ということにはまったく思い至らなかった。
ビデオカメラ用としてある程度普及した8mmビデオも「次世代」と言っていたよなぁ(これもソニー主導か)。しかも「世界統一規格」と銘打って。
確かに画質的にVHSに負けないだけでなく、サイズが小型で場所をとらない。家が狭くてこれ以上VHSテープを増やしたくなかったこともあって、「これからは8mmの時代なのだ。テープの収納も便利だし、次世代世界統一規格だし」と、これも据え置き型のデッキを笑って購入。テレビ録画のメインデッキとして、またハンディカムで撮影したビデオの編集用として、大活躍……していた時期もあった。
今、大量の8mmテープが当時を物語る遺産として残っている。
もちろん今の録画の主役はHDD&DVDプレーヤーだ。しかし、これとても既に「次世代規格」のブルーレーザーに取って代わられることになっているという。すでに一部製品化されているが、これも規格が二つに割れていて、どちらかが(あるいはどちらもか?)負け組チョイスになる可能性大だ。
英語で「世代」を表す「generation」は、人間の世代交代を基準にした30年を意味するという。
しかしAV機器の「世代」交代のなんと早いことか。上記した事柄の殆どは、すべてここ十数年の間の出来事なのである。
テレビを移し変えるために、AVアンプからAV機器のケーブルを一つずつはずして機器の接続の見直しをした。
DATデッキとMDデッキはいつの間にか動かなくなっていた(どちらもソニー製だ!)。回転系の機器は使用していないとすぐに壊れる。これらはもうアンプにつないでも仕方がない。
しかし、それ以外の機器も、すべてを再びAVアンプにつなぎ直そうという気になれない。どうせ接続させたとしても、今ではどれもダビングをする時くらいしか使用しないのだ。それにそもそもこのAVアンプにしてからが、現在のDVDの5.1チャンネルに対応していない旧規格の製品なのだ。
レコードプレーヤー、ラジオ用チューナー、アナログカセットデッキ、VHSデッキ、ベータデッキ、8mmビデオデッキ、LDプレーヤー、壊れたDATデッキにMDデッキ……。これらの機器を見てはため息をつき、周囲の棚に収まる夥しいソフトを見ながら呆然とする。
こうなると「負け組チョイス」なんてもんじゃない。まるでAV「難民」だ。
単にいい音楽や美しい映像を楽しみたかっただけなのに、なんでこんなことになってしまったのだろう……?