うつかもしれない

 自分は「鬱病」かもしれないぞ、と感じ始めている。

 とにかくここ数年、憂鬱な気分に落ち込む頻度がどんどん激しくなっているのだ。おまけに集中力がなくなり、目の前の仕事や用事がコンスタントにこなせなくなってきた。「やらなければいけない」とわかっていても、体が動かないのだ。仕事がこなせないと、仕事はたまっていく。仕事がたまると、それがプレッシャーになって気持ちが落ち込む。気持ちが落ち込むと、仕事がますますこなせない……うーん、出口がないぞ。

 

 職場で「職員健康センター」というところからの「健康アドバイスシート」というのが毎年配付されている。そのアンケート項目に答えて郵送すると、主としてメンタルな部分における総合健康度をチェックして送り返してくれるというものだ。

 それを昨年も今年もやって出したのだが、返ってきた結果は、昨年は「やや低い」だった総合健康度が、今年は「低い」になっていた。

 おまけに、「ストレスによる影響」の「心への影響」の項目が、今年は「高い」のグラフの右端までぶちあたっており、レッドゾーン突入状態となっていた。

「このままではヤバイ」と感じ、まずは敵の素性を知るために色々と本などを読んで調べていたのだが、たまたま新聞に、区の医師会が主催する区民健康講座「うつを共感する」、という講演会のお知らせのチラシが入っていたので、これに行ってみることにした。

 

 さて当日、開催時間の午後6時に会場に足を運んでみると、もうすでにかなりの人が来ている。

「世の中には心を病んでいる人が多いんだなぁ」と思いつつ、講演者である精神科の先生のお話を伺った。

 話しはじめに、きちんとメモしようとしている何人かの人達を見て、その先生は言った。

「ああ、メモとかはとらなくてもけっこうですよ。そういう風に何でも几帳面にやろうとすると、ストレスがたまりやすくなりますから。書いてもあんまり読み返すものではないですし、気軽な気持ちで聞いていただければけっこうですから。」

 皆、苦笑しつつも、なごやかな雰囲気になる。なかなかやる人なのだ。

 話の内容は、すでに本で読んで知っていることが多かったのだが、実際の薬の種類や利き方に関する話などはずいぶんと参考になった。

 

 講演終了時間の7時ちょうどに話は終わり、後は質疑応答、ということになった。夕方7時なのでもうだいぶ空腹になってきた。時間設定としてはいささか中途半端なのだが、まあ7時ちょい過ぎくらいに帰れればいいか(家のわりと近所の医師会館が会場だった)、と思いつつ、いくつかの質疑を聞いていた。

 最初のうちは「心療内科と精神科はどう違うのか」「カウンセリングというのはどのように利用したらよいのか」といった、一般的な質問が続いていたのだが、だんだんと様相が変わっていった。

「私は本で読む限り適応障害の症状にあたると思うのですが、どうでしょう?」

 うーむ。そんなこと、この場で急に言われてもわかるはずないと思うんだが。質問された医師も困りながら返答する。

「身内に鬱病と思われる人間がいるのですが、私はどう接したらいいのでしょう?」

「私は鬱かもしれないんですが、自分自身の心に目を向けるにはどうしたらいいんでしょう?」

 何だが様子がだんだんヘンになってきた。「何でそんな個人的な質問を……」と思う。と言うのも、この講演会の後には、ちゃんと個別相談の時間と場も設定されているのだ。個々の細かい相談はそっちの方でやってほしいもんである。

 ところが、困ったことに司会の人も質疑応答を打ち切ろうとしない。鬱に悩んでいる人達だからと気を使っているのかもしれないが、すでに講演が終わってから20分以上も過ぎているのである。

 実はこの日は休日だったため、朝昼兼用の食事を午前10時ぐらいにとり、それ以来何も口にいれていないのだ。腹減ったぞォ!

 

「私はいつもイライラしていて、すぐ子供を怒鳴ってしまうんです! どうしたらいいんでしょう!」

  (医者に行きなさい!)

「うちの子供は家の悪口をしょっちゅう言うんです。『なんてひどい家なんだ』とか。そのくせ出て行くわけでもないんです。電話もしょっちゅうかかってきて……子供は鬱病なんでしょうか?」

  (病院に連れて行って診てもらいなさい!!)

「通院して2年位になるんですが、親としてもだいぶ良くなってきたと思うんです。でもなんだかまだ幼児っぽくって……もう33歳になるのに。お医者さんに行ってる時はどうなのかと、先生に相談しても、おっしゃっていただけなくって……どうしたらいいんでしょう?」

  (その専門医とじっくり相談しなさい!!!)

 

 質疑応答は延々と続いた。すでに40分以上経っているのだが、一向に終わる気配がない。しかも皆真剣に聞いているように見えるので、途中で席を立って出て行きにくい雰囲気なのだ。腹減ったぞコンチクショウ!

 

 結局、質疑応答が終わったのは講演終了から小一時間も過ぎてからだった。医師会館を出たらもうすでにあたりは真っ暗で、8時を過ぎていた。

「まったく、あんな質問がその場で即答できるわけないじゃないか。個別の質問は個別相談でやれっての!」

「いくらタダだからと言って、プライベートな質問を大勢の前でしまくるんじゃない。相談だったら医者に行け!」

「司会も司会だ。適当なところでさっさと打ち切れっての! ぶつぶつ。」

「それにしても腹減ったー!!」

 

 「心の健康のためにはストレスをためない生活が大切です」という話を伺った後、たっぷりとストレスを抱え込んで帰路に着いたのであった。

 

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