狙われた眼鏡

 近眼なので眼鏡を使用しているのだけれども、どうも長持ちしてくれない。

 実は仕事の時はコンタクトレンズを使用していて、眼鏡を使用するのはそれ以外の時間に限られているのだが、それでもしょっちゅう何がしかのトラブルが発生し、眼鏡はその寿命を短命に終える、ということが少なくない。

 

 「トラブルが発生し」と書いたが、大半は自分の無知と油断による不始末のせい、と言えなくもない。

 例えば、以前は眼鏡をかけたまま平気でサウナに入っていた。サウナの中にテレビがあって、眼鏡がないと見えないからだが、外見上は特になんともなかったので平気でそれを繰り返していたのだ。しかし、ある時眼鏡屋に見てもらったところ「熱でレンズ表面のコーティングがいかれちゃってます」と指摘され、愕然とした。

 同様に温泉にも眼鏡をかけて入ることを平気で敢行していたら(露天風呂からの景色を眺めたかったため)、フレームの金属が温泉の硫黄成分のため腐食してしまった。

 また、レンズの表面が曇っていたので「眼鏡拭きクロス」でふき取ろうとしたところ、曇りの原因は細かい砂の粒子だったらしく、レンズに細かな傷がしっかりとついてしまったこともある。眼鏡拭きクロスは油膜の曇り取り専用なのであった。

 眼鏡をかけたまま顔から電信柱にぶつかって変形させてしまったこともある。

 眼鏡をかけたままついうたた寝をし、寝ぼけて眼鏡をはずし、そのまま自分の体でプレスしてしまったこともある。

 海へ行ってゴーグルをかけるために眼鏡をはずした後、行方不明になってしまったこともある。目がちゃんと見えないので探しようがないのだ。この時は眼鏡なしでものがはっきりと見えず、帰り道もおぼつかないので、泣く泣く水泳用の度付きゴーグルをかけて帰宅するはめになった。

 

 さまざまな経験を経る度に学習し、同じトラブルを繰り返さないように注意するのだが、まるで優れた工作員に狙われているかのように必ず新たなトラブルが発生し、眼鏡は長持ちしてくれないのであった。

 

 一年ほど前につくった、かなりお気に入りの眼鏡がある。フレームの形状が顔にフィットし、かけているのを忘れているほどの装着感の良さなのである。そのため、これだけは壊れてほしくないと思った。だから、この眼鏡を作った後、ずっとしばらくは以前の古い方の眼鏡を普段は使っていた。お気に入りの眼鏡を使うのは、特別な外出をする時だけにしていたのである。そうしなければまたぞろ何がしかのトラブルで壊れてしまうような気がして恐ろしかったからだ。

 

 先日石垣島に家族で旅行に行ってきた。せっかくの外出なので、このお気に入りの眼鏡をかけていった。しかし、壊したり失くしたりせぬよう常に注意を払って眼鏡を扱った。

 海に入るので眼鏡を外す時は、注意深くタオルに包むようにしてバッグに入れる。本を読む時は、眼鏡をはずしてテーブルに置き、裸眼で読むようにする。そう、人間は学習するのだ。同じ過ちは決して繰り返すまい。

 夕方になって小学二年生の娘と風呂に入った。宿泊したホテルには大浴場があり、宿泊客は無料で使用できる。うれしいことに大浴場の中には通常のサウナとミストサウナまである。

 大浴場の浴槽の横はガラス張りになっていて、外の景色が見られるようになっているので、眼鏡を付けたまま入った。

 もちろん天然温泉ではないので硫黄による腐食の心配はないことはちゃんと確認済みだ。

 まずはサウナに入る。サウナに入るときにはタオルを水で濡らし、その濡れタオルで眼鏡を包んで入るのである。これで表面のコーティングがダメージを受けることはない。そう、人間は学習するのだ!

 サウナから出たら、娘の体を洗ってやることにする。

 浴場にはボディソープとシャンプーが置いてある。それを使って体を洗い、頭を洗い、シャワーで流してやるのだが、どうもこの手のシャンプーは泡切れが悪い。なかなかせっけん成分がすっきりと落ちてくれないのだ。

 娘の頭にシャワーを延々と流し続けて、やっとどうにか髪の毛から泡は落ちた。

 だが、その間娘はずっと目を硬くつぶったままだったので、「早く顔を拭いてやらねば」とあせった気持ちになる。

 目の前に置いてあったタオルを手に取る。濡れている。いかんいかん、これでは拭けない。あわててタオルを手でギュッと搾ってやる。

 その瞬間、手に嫌な感触が伝わってきた。

 「あああっ、しまった!」

 恐る恐るタオルを解いていくと、中から見事なまでに無限大印(∞印)に変形した眼鏡が出てきた。

 「!!!」

 「お父さん、どうしたの?」

 娘が話しかけてくるが、ショックで呆然として、返事もできない。

 あれほど注意を払っていたというのに、ほんの一瞬の油断で……。

 やはりオレの眼鏡は運命に狙われていたのだ。いくつもの危険地帯をかわしてきたというのに、たどり着いた地点に既に用意周到なトラップが仕込まれていたとは。

 

 お前の不注意だって? いや、絶対にそれだけではないような気がするのだ。そうでなきゃ、どうしてもこうも次から次へと……。

 

  つれづれ随想録トップへ戻る  管理人室へ戻る  トップページへ戻る