扁桃腺、暴走す

 ゴールデン・ウィークに入ってすぐに、扁桃腺が腫れ上がって、つばを飲み込むだけで激痛を感じるようになってしまった。

 心当たりはあった。

 実はその十日ほど前に、微熱が出て体の節々が痛みはじめ、ひどくだるさを感じるようになったので、「これは風邪かな」と思い、開業医に診てもらって軽い抗生物質と痛み止めを処方してもらったのである。

 しかし、時期的に仕事が忙しくて休めず、薬を飲んでごまかしごまかしに仕事を続けていたので、微熱は上がったり下がったりで、体調は一向に改善しなかった。

 そういう訳で体はかなりしんどかったのであるが、とりあえず連休までふんばれば、そこで休養をとってなんとかなるだろう、とどうにか耐えていたのである。

 

 だが、現実には連休に入ると同時に扁桃腺が暴走し、冒頭に書いたように耐え難い痛みとなり、再び熱も出始めてしまった。なにしろ、市販の喉の痛み止め薬を買ってきて飲んでみても、まったく利かないのである。

 「こりゃたまらん」と、休日診療所に駆け込んだ。

 担当してくれた医師は喉の奥を覗き込むと、「これで高熱を発しないのは不思議」と、呆れながら言った。そんなひどいことになっていたのか。そして、「ここでは一日分しか薬は出せないから、平日にまたちゃんと医者に行くように」と厳命された。

 

 なにしろひどい痛みであったし、何か喉以外にも病気の原因があるのでは、という不安もあって、ゴールデンウィークの谷間の平日、ついに仕事を休んで総合病院へと足を運んだ。

 総合病院では耳鼻咽喉科で診てもらった。

 医師は、そこに至るまでの経緯を聴くと、

「薬を飲んでも治らないということは、コンディション作りが悪いということなんです。」

と、怒ったような口調で言った。

「はあ……。」

「睡眠時間・休息・食事。そういったのがきちんととれているか、ということです。薬だけで治るというもんじゃありません。」

 なるほど。無理して体を動かし続けている限りは良くならない、ということか。

 そして医師は、専用の器具で鼻から喉の奥を診察し、その後にやはり怒ったような口調で、

「……はっきり言って爆弾を抱えているような状態だと思ってください。」

と言った。

 私が「爆弾」という意味がいまひとつ判然とせず、目をパチクリさせていると、医師は続けた。

「少しでも無理をすれば、すぐに高熱を発することになります。わかりますね?」

「はい。」

 要するに扁桃腺というのは、ウルトラマンのカラータイマーのようなものなのだ。ここが腫れるということは、そうとう体の方がまいっていて、「休め!」という黄信号(もしくは赤信号)を発しているということなのである。だから、喉の痛み止めを飲んでも、それでは何の解決にもならないという訳だ。必要なのは、疲弊しきった体を休養によって快復させることだったのである。

 

 結局、その後、連休はどこへも行かず、ビールはおろかアルコール類もいっさい口にせず、ひたすら安静の日々を過ごすこととなった。

 たまたま電話で義父(ヨメの父)とそのことで話をしたのだが、彼は手術で扁桃腺をとってしまったのだという。当時はそれが良いと信じられていたのであるが、今となっては「残しておいた方がやっぱり良かったのかもしれない」とのこと。

 理由は上記したように、扁桃腺は体の危機を知らせるカラータイマーだからである。危険信号が点滅しなければ、知らず知らずに無理を重ねて、取り返しのつかないことになりかねない。

 

 ……と、ここまで書いてから、ふと思った。ウルトラマンはカラータイマーが点滅してピンチになっても、ちっとも大事をとってなんかいないぞ、と。それどころか、それまで以上にアグレッシブになって戦っておるぞ、と。

 どうも「カラータイマー」というのは、あんまりいいたとえじゃなかったようである。

 

  つれづれ随想録トップへ戻る  管理人室へ戻る  トップページへ戻る