公園のカルガモ親子

 ずっと以前の新聞に「カルガモ親子の引越し」が写真入りで紹介されたことがあった。

 その記事を読んだ時、まだ若かった自分は「天下国家を論じるべき大新聞が、たかがカモの親子ごときを写真入りで記事にするとは!」と呆れた記憶がある。そんなものを見て目を細めている大人たちがいることも理解し難かった。

 それから十数年後。

 現在住んでいるマンションの前に公園があるのだが、そこに毎年、5月頃にカルガモが来て子供を生み育てる。

 例年、だいたいが他の動物に襲われて、最初たくさんいたカモの子供達はどんどん数が減っていくのだが、昨年は違っていた。十二羽いたカモは、一匹減って十一羽になったものの、その後一羽も減ることなく成長し続け、皆元気に旅立っていったのである。

 そして、そんな成長の日々を見ているうちに、自分の心境が若い頃と大きく変化してきていることに気がついた。

 

2006.5.4

 まだ生まれてまもない頃。

2006.5.4

 写真には写っていないが、この周囲にも数羽泳いでいる。

 お母さんカモと十一羽の子供達。

 彼らを見ていると、いつの間にか平和な気持ちになってくるのであった。

2006.5.5

 水から上がって羽を乾かしているところ。

 このお母さんカモはいつも子供達のそばから離れなかった。たぶん子供達を外敵から守るため、いつも目を光らせていたのであろう。

2006.5.20

 もうだいぶ成長したにもかかわらず、親子でこのように寄り添って眠っていることが多かった。

2006.5.27

 こんなに大きく成長したのに相変わらずなのだ。

 

 たまに他の鳥が威嚇しようと近づいて来ると、お母さんカモがその外敵を追い払おうとするのだが、兄弟達はもうこんなに図体がでかいくせに、一斉にただ逃げ惑うだけなのがおかしかった。

 

 このカモたちが例年のカモと違っていたのは、大きく成長しているにもかかわらず、いつまでもお母さんカモのそばを離れず、いつまでも兄弟皆で寄り添っていたことであろう。だからこそ外敵にも襲われにくかったのであろう。

 しかし、そんな彼らにもいつかは旅立ちの日が来る。

 母親の近くで寄り添って、幸せそうに眠っている彼らを見ていると、なんだか涙まで出てきてしまったのである。

 たぶん、自分が子供を持って親とならなかったなら、こんな心境になることはなかったであろう。

 

2006.6.4

 とにかく、仲の良い兄弟達であった。

2006.6.10

 左端がお母さんカモ。もう殆ど見分けがつかないほどだ。

 

 それでも、いつの間にか集まってはくっついてしまう兄弟達なのである。

 

2006.6.18

 しっかりと成長した十一羽。

 旅立ちの日は近い。

2006.6.24

 相変わらず、仲良く並んで泳いでいる。

 そして、この写真を撮った日が、彼らを見かけた最後の日となった。

 

 天下国家をいくら論じても、人は幸せになることはできない。だがカルガモ親子の微笑ましい姿に目を細めれば、ほんの一時だが、人は幸福感を得ることができる。そんなことがやっと理解できるようになった。

 

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